リーダーが自らを変革できなければアジャイル変革はありえない
一方、第4章以降は、伝統的な企業がアジャイル経営手法を取り入れることを前提にしながら、リーダーシップや組織構造、人材など、アジャイル経営の実践、あるいはアジャイル企業への転換に必要とされる要素についてさまざまに論じている。
その中で、企業のビジネスリーダー層にとって特に役立つと思われる記述の1つは、アジャイル企業のリーダーシップのあり方にスポットを当てた第4章だ。
この章では、ボッシュ社の主要部門であり、2016年にアジャイル変革プロジェクトを立ち上げたボッシュ・パワー・ツールズの成功事例などを織り交ぜながら、アジャイルによる組織の変革 ── つまりは、アジャイル変革を率いるリーダーがどうあるべきかを説明している。その内容によると、アジャイル企業への転換を図るうえでは、リーダー(経営層)による自らの変革がカギになるという。すなわち、自らを変革できないリーダーには企業文化や組織体制を変革することはできず、アジャイルの手法や実践に真剣に向き合えないリーダーはアジャイル変革に乗り出す資格すらないと本書では言い切っている。加えて、アジャイル企業の実現には、変革の意志を持つ事業部門のリーダーで組織された「アジャイルなリーダーシップチーム」が不可欠であるとし、そのチームがどのように組織の変革をリードしていくべきかについても具体的に提示している。
このほか、アジャイルな組織の中で、いかにして事業計画を立てて遂行していくべきかに興味のある方には「第5章」の記述が、アジャイル企業への転換をどのような組織構造・人材によって支えていくべきかに興味のある方は「第6章」の記述が、さらに、アジャイルによってイノベーションを引き起こすうえで、テクノロジーをどう活用していくかに興味のある方は「第7章」の記述が、それぞれ参考になるはずである。
ちなみに、「アジャイルの正しい実践法」と題された第8章では、アジャイル企業への転換を成功させるうえで必要とされるルールと能力を示す目的で、Amazon(アマゾン)におけるアジャイル変革の成功例が、その短所を含めて詳細に記述されている。
アマゾンの実践手法がすべての企業にとっての正解であるとは限らず、本書も、アマゾンの取り組みを他の企業がそのまま模倣しても成功する保証はないとしている。ただし、第8章の記述もアジャイル変革を構想するうえでのヒントにはなりそうである。
アジャイルは変化の時代を勝ち抜く必須要件
本書では、海外書籍の邦訳書としては珍しく、日本に向けた記述が本編中の章として展開されている。「日本の企業への示唆」と題された第9章がそれだ。この章は、アジャイル変革の必要性を感じながらも、なかなか一歩が踏み出せない企業のリーダー層に向けたメッセージと言えるものである。
その記述によれば、日本企業の多くは、かつての勝利の方程式が呪縛となって“これまでのやり方”を是とする考え方からなかなか抜け出せず、新たな試みで失敗することを恐れ、それが“間違ったアジャイル”の推進と失敗へとつながっているという。本章では、そうした“間違ったアジャイル”と「正しいアジャイル」を対比させながら、正しいアジャイルを遂行するための術(すべ)を説き、最後に、アジャイル企業に転換することの大切さを次のように表現し、本章を締めくくっている。
アジャイル企業への脱却、アジャイルの拡大そのものが、大企業病の企業現場に、顧客 目線や外向きの風を吹き込み、現場の活力を高め、 競争力を一気に上げる源泉となるはずだ。
確かに、アジャイル企業への転換は、予測不能な市場の変化に対応するための一手として、世界における多くの企業がすでに実践し、成果を上げ始めている。そうした時代の潮流に乗り、市場での競争力を維持・強化するための方法を検討するうえで、本書は間違いなく参考になる一冊と言える。もちろん、本書で都度指摘しているとおり、企業文化や組織のアジャイル変革はそう簡単に成しえるものではない。また、他社・他者の成功事例をそのまま取り入れてもうまくいかないことが多いはずである。ただし、本書ではアジャイルが失敗する原因を多数の例を挙げて解説しているので、“失敗に学ぶための参考書”としても有効に活用できるのではないだろうか。
もっとも、本書ではアジャイルそのものは自明のこととしてほとんど解説されていない。したがって、アジャイル、ないしはアジャイル開発についてまったく知識のない方は、本書の記述を理解するのに苦労されるかもしれない。ゆえに、そうした方には、アジャイルの入門書を読んでから本書を読まれることをお勧めしたい。
このように言うと「そうまでして、本書を読む必要があるのか」と思われるかもしれない。ただし、今後のビジネス、あるいは組織のマネジメントを考えるうえでアジャイルに対する基礎的な理解は必要であり、アジャイルに関する一定の知識は、変化の時代を生きるビジネスリーダーのたしなみとなりつつあるとも言える(だからこそ、本書でもアジャイルに関する説明は省かれているのではないだろうか)。本書を読む、読まないにかかわらず、アジャイルについて知っておくことは、決して無駄にはならないのである。