輝かしい失敗を生かす秘訣は「振り返り」
前出の章立てからもわかるとおり、本書では前半(Chapter 1〜4)で、輝かしい失敗の意味と意義、そしてそこから学ぶことの大切さを伝え、中盤(Chapter 5、6)で「知識創造」など、輝かしい失敗の活用手法を、後半である意味で補足的な情報を伝えるという構成をとっている。
ちなみに前半の部分で本書では、輝かしい失敗から学ばなければならない理由の1つとして実世界の複雑化を挙げている。
「ITの発達により、世界はより大きく、複雑化している。このようなシステムのダイナミズムには、 精神的な敏捷性や学習する姿勢などのコンピテンシー(行動特性)が求められる」
また、理論と実践には違いがあり、過去のプロジェクトから得た知識を含めて、重要な意思決定の瞬間になるべく多くの知識を使うことが大切であり、それには失敗からの学びが求められるともする。さらに、イノベーションを引き起こすうえでも、思考錯誤をしながら意思決定をしていくことが必要であり、失敗を受け入れて、そこから学ぶことがイノベーション戦略の本質でもあると言い切っている。
要するに、企業が不確実な時代を生き抜くうえでも、プロジェクトに関する意思決定を行ううえでも、さらにはイノベーションを引き起こすうえでも、輝かしい失敗から多くを学び、知識を獲得することが不可欠であるというわけである。
一方、中盤に当たるChapter 5の「輝かしい失敗の『16の型』」とChapter 6の「学習から知識創造へ」では、輝かしい失敗からの学び方、失敗の活かし方が具体的に記述されている。
このうち輝かしい失敗の「型」とは、失敗のパターンであり、失敗は本書で示す16の型にいずれかに類別でき、その型を使うことで失敗の原因──すなわち、なぜ問題が想定外の方向に進んだのかを見極めやすくなるという。型が16個もあるのは少し多過ぎのように思えるが、1つ1つを見るとどれも納得感のあるかたちで失敗が類型化されている。ゆえに、便利に使えそうではある。
この“型”のほかに、輝かしい失敗から学ぶうえでは「システムの失敗」「組織の失敗」「チームの失敗」「個人の失敗」という4つの観点から失敗をとらえて学習を進めることが大切であるという。
また、本書では、輝かしい失敗を知識創造につなげる一手として、アジャイル開発でも展開される「振り返り」を提唱する。
本書によると、入念に計画され、最善を尽くして実行したプロジェクトも大抵は計画どおりに物事が進まず、特に初の試みである場合、失敗に終わることが多いという。ただし、失敗に終わるまでの過程で、人は成功に向けてさまざまな調整を行っており、その経験を通じて相応の知識を獲得しているという。その学びにプラスして、アジャイル開発での振り返りのように、経験を振り返って「何がうまくいって、何がいかなかったのか」「それぞれの理由は何なのか」を突き詰めていくと、新しい知識を獲得することができるとする。また、それをもって仮説を立て直して計画を策定し、実行に移すことで失敗の可能性を引き下げ、かつ、新しい経験と知識を獲得することが可能になるという。そして、このプロセスを繰り返すことで、知識レベルをアップさせていくことが可能になると本書は指摘している。このほか本書では、輝かしい失敗の価値を高めるためには、失敗の経験で得た暗黙知を共有化することも重要であるとし、そのための方法も具体的に記している。
テーマに新鮮味はないものの
おそらく本書の肝と言えるのは中盤の「Chapter 5」「Chapter 6」の記述であり、その内容は、失敗から学ぶことの重要性や失敗から学ぶための組織文化のあり方についてご存じの方も、新鮮な興味をもって読み進めることができると思われる。続く「Chapter 7:失敗する前にシナリオに学べ」も、内容自体には説得力があり、「プレモータム(事前検死)」という技法が紹介されるなど、失敗を避けたい方には実践的な情報と思える。ただし、失敗(輝かしい失敗)から学ぶことをテーマにしている本書の記述としては若干の違和感が否めない。
いずれにせよ、以前は「Fail Fast(フェイルファースト)」という言葉が過って解釈され、失敗するのが単純に善と見なす向きもなくなかった。だが、今日では失敗を肯定する理論に対する理解が進み、失敗すること自体が善なのではなく、失敗から学ぶことが善であるとの考え方が一般化しつつある。そんな中で刊行されたがゆえに、本書のテーマ設定自体に新鮮味はほとんどない。ただし、本書を読むことで、どのような失敗から、何をどう学ぶと、意思決定の適正化や機会の創出などに役立つ知識が得られるかは具体性をもって理解することができる。会社や組織・チームでの失敗のしかたと、失敗経験の活用法に対する理解を深めたい方には、間違いなくお勧めの一冊と言えそうである。