プロダクトマネジメントの基礎を網羅的に解説

本書は、日本でにわかに注目を集め始めた「プロダクトマネジメント」の入門書だ。3人の共著者は、今日のデジタル社会をリードする有力テクノロジーカンパニーにおいてプロダクトマネージャーとして豊富な実績を積み上げてきた人であり、ソフトウェア業界の著名人でもある。

本書によると、複雑で可変要素にあふれている今日では、プロダクトを通じて企業を成功に導くために社内外の状況を把握し柔軟に動けるプロフェッショナル(=プロダクトマネージャー)がこれまで以上に強く求められているという。そうしたプロフェッショナルを目指す人、あるいはプロダクトマネジメントを実践する人にとって役立つ情報をまとめて提供しているのが本書と言える。

「プロダクトマネジメントのすべて」という書名が示すとおり、本書ではプロダクトマネジメントに必要とされる知識、スキル、方法論、フレームワーク、組織、さらには心構えなどが網羅的にカバーされており、章(Chapter)の数は21にも及ぶ。その21章の内容は大きく以下の6つのパートに分かれている。

  • PARTⅠ(第1章〜第3章):プロダクトマネジメントの役割と目的
  • PARTⅡ/Ⅲ(第4章〜第11章):プロダクトマネージャーの仕事内容
  • PART Ⅳ(第12章〜第15章):プロダクトの特性(ステージ、ビジネス形態、技術要素、など)ごとに留意すべき事項
  • PART Ⅴ(第16章〜第18章):プロダクトマネジメントの担当組織・個人として成長する方法
  • PART Ⅵ(第19章〜第21章):プロダクトマネージャーとして知っておくべきビジネス、UX、テクノロジーの基礎知識

本書の建てページは432ページ(紙の単行本版の場合)とかなり多く、読破するには相応の時間を要するかもしれない。ただし、プロダクトマネジメントに関するこれだけ豊富な情報が一冊にまとめられている書籍は珍しい。その意味で、プロダクトマネジメントの基礎やテクニックを包括的に、かつ効率的に学びたい人にとっては有益な一冊と言えるだろう。

記述の中心はソフトウェア、サービスのマネジメント

プロダクトマネジメントに必要な情報が網羅的に提供されているとはいえ、本書で中心的に扱っている“プロダクト”は、あくまでもITを活用したソフトウェア(あるいは、サービス)である。

あらゆるタイプのプロダクトのマネジメントに共通して適用できると思われる記述もあるが、基本的には、プロダクトを市場に投入したのちも、利用者のフィードバックに基づきながら速やかに、かつ継続的に機能を強化し、UXを良質化させ、成長させていくことを前提にマネジメントの方法論が数多く紹介されている。それらの手法は、クラウドサービスに代表されるサブスクリプション型のソフトウェアやeコマース系サービスのプロダクトマネジメントには有効、かつ不可欠と思われるが、製品を発売(出荷)したのちに、機能の追加・変更が行えないようなハードウェアプロダクトのマネジメントに向けたものではない。

このように、本書の内容がソフトウェア(のプロダクトマネジメント)中心になっている理由の一つは、著者らのスペシャリティがそこにあるからだろう。またもう一つ、デジタルトランスフォーメーション(DX)の潮流にも見られるように、世の中にあるプロダクトの多くがソフトウェア化、ないしはサービス化へと向かっており、かつ、その変革にプロダクト(あるいは事業)の発展・成長のカギがあると著者らが見ていることも理由として挙げられる。

実際、本書の中でも、驚異的な発展・成長を遂げた自動車メーカー、テスラの例を引き合いに出しながら、ハードウェアをソフトウェア(サービス)化することの重要性が唱えられているが、共著者の一人である及川卓也氏書籍「ソフトウェア・ファースト」の中でも、ソフトウェア中心でビジネスを構想・展開することの必要性を説いている。

このように言うと、ソフトウェア、あるいはITに関する相当の知識がなければ本書の内容を理解できないと思うかもしれないが、特にそのようなことはない。もちろん、ITやソフトウェア、あるいはソフトウェア開発(アジャイル開発、など)に関する一定の知識があったほうが、本書を読みこなすスピードは速いと言えるが、内容を理解するうえでテクノロジーについての専門知識はほとんど必要ではない。

しかも、本書の最後(第21章)においてITやソフトウェアについての基礎的な解説が、プロダクトマネージャーが知っておくべき知識として(かなりのページ数を割いて)展開されている。ゆえに、ITやソフトウェアについてよく知らないビジネスパーソンでも、本書を問題なく読みこなすことができるはずである。というよりもむしろ、本書のメインターゲットは、IT・ソフトウェアのエンジニアではなく、ITに関する知識のあまりないビジネスパーソンやデザイナー/クリエイターのほうに置かれていると言えるかもしれない。

従来プロダクトより“10倍良いプロダクト”を生み、育むために

本書の特徴は、情報の網羅性に加えて「プロダクトの成功」という大目標に向けて、プロダクトのビジョンや機能をどう定めて作り上げていくべきか、プロダクトマネジメントのためのチームをどう構築すべきか、どのようなスキルをプロダクトマネージャーとして身に付けて高めていけばよいかなどを具体的に、かつ事例を交えながらわかりやすく、詳細に解説している点にある。

本書によれば、プロダクトの成功は「ビジョン」「ユーザー価値」「事業収益」という3要素の絶妙なバランスの上に成り立つものであり、プロダクトは以下の4つの階層から成るという。

  1. Core:ミッション、ビジョン、事業戦略
  2. Why:「誰」を「どんな状態にしたいか」「なぜ、自社がするのか」
  3. What:UX、ビジネスモデル、ロードマップ
  4. How:UI、設計・実装、Go To Market

プロダクトを成功に導くうえでは、これら4階層における仮説を大まかに立案してすばやくプロダクトを作り上げ、ターゲット市場に投入すること、また、プロダクトに強い軸ができるまで機能を強化しながら仮説検証を繰り返し、「Core」「Why」「What」「How」の調整を図っていくことが重要であると本書では指摘している。

この考え方は、プロダクトの「Core」を体現するための必要最低限の機能を持ったプロダクト(=「MVP:Minimum Value Puroduct」)を早期に市場に投入し、ターゲットユーザーのフィードバックを得ながら、機能強化を図っていくことと言えるが、ここで陥りやすい罠(わな)は、ユーザーの要望を満たすことばかりに気をとられ、「Core」であるビジョンを忘れてしまう点であるという。このような状況に陥ると、プロダクトがいびつなものとなり、イノベーションを引き起こすことができなくなると本書では指摘する。DXの文脈の中では、“ユーザー(顧客)中心の変革”や“ユーザー理解の深化”がよく唱えられるが、それだけではプロダクトを成功させることはできないというわけだ。

本書ではまた、プロダクトを成す上記4つの階層を形づくる、あるいはそれぞれの仮説を立てるうえで役に立つツールとして「バリュープロポジションキャンパス」をはじめ、「ビジネスモデルキャンパス」「PEST((Politics、Economics、Society、Technology)分析」「SWOT(Strength、Weakness、Opportunity、Threat)分析」「メンタルモデルダイアグラム」「カスタマージャーニーマップ」「STP(Segmentation、Targeting、Positioning)分析)」「リーンキャンパス」「トレードオフスライダー」など、さまざまなフレームワーク、手法を紹介し、場面ごとの使い方を、事例を交えながら丁寧に紹介してくれている。

そのため、これらのフレームワークや手法そのものに対する基礎的な理解も深めることができる。加えて、プロダクトマネージャーは、プロダクトづくりをリードするだけではなく、その成否についても定性・定量の両面で評価することが必要とされる。そのため本書では、先に触れた「ビジョン、ユーザー価値、事業収益のバランス」に基づくかたちでプロダクトの成否を計測する指標についてもしっかりと説明している。

本書によれば、プロダクトマネージャーには、プロダクトを生む、あるいは育むことのほかに、ステークホルダーをまとめてプロダクトチームを率いるという重要なミッションがあるという。

本書では、そのミッションを遂行するための基本スキルとテクニック(「ドキュメンテーション」「コーチング」「ファシリテーション」「プレゼンテーション」「ネゴシエーション」)についても実践的に説いている。

加えて、プロダクトのステージを「ゼロから『1』を生まなければならないステージ(「0→1」ステージ)と、のちに収益化させるステージ(「1→10」ステージ)、グローバリゼーションなどによって市場を大きく拡大させるステージ(「10→100」ステージ)の3つに分け、それぞれのステージでプロダクトマネージャーが行うべきことについて説明している。併せて、B2C、B2Bなどのビジネス形態の違いによって、プロダクトマネージャーの仕事がどう変わるかなども細かく解説されており、これらの情報を読めば、自社を取り巻く市場や自社のビジネスモデルを勘案しながら、プロダクトマネージャーとして自分がどう振る舞えばよいかがより具体的に見えてくるはずである。

本書の記述によれば、既存のプロダクトやソリューションよりも10倍優れたものでなければ、革新的なプロダクトとは呼べず、10倍優れたものを目指すのがプロダクトマネジメントの大きなゴールであるようだ。それに向けた最初の一歩として、本書を読むという選択肢を検討してはいかがだろうか。

著者:及川卓也、小城久美子、曽根原春樹
出版社:翔泳社
出版年月日:2021/3/3