コンテンツへの注力とストレスをためない文化
音声コンテンツのパイオニアとして、オトバンクが成長を遂げてきた要因はどこにあるのか。久保田氏に聞くと、コンテンツのクオリティーにこだわってきたことを一番に挙げた。
「クオリティーには妥協しない文化を根付かせてきました。活発な議論を重ねる一方、ユーザーさんに電話やメールで感想を細かく聞き、改善を重ねました。ユーザーさんの声は大きな財産ですね。
制作スタッフだけでなく、経営陣の上田や私も、音のコンテンツを他社のものも含めて通常では考えられないくらい消費しています。私は90年代からずっとラジオを聴いてきて、同時に3局を流すような聴き方もします。『なぜこのコンテンツがいいのか』という感覚を、言語化できない部分も含めて現場と経営陣が共有できています」
コンテンツを重視するのは、社内の重要なカルチャーでもある。制作部門以外で社員を採用する際にも、コンテンツに造詣があるかどうかを重視している。
「オーディオブックに興味がなくても、アニメでも、スポーツでもいいので、何かのコンテンツに造詣が深いことを採用する時のポイントにしています。『これはめちゃくちゃいいよね』といった言語化が難しい部分が理解できない人では、コンテンツをめぐる多岐にわたる課題を解決するのは難しいと考えているからです」
また社内でのコミュニケーションでは、Slackを使ってほとんどの情報をオープンにしているので、意思決定のプロセスなどを全員が知ることができる。あわせて、ポジションに関係なく、誰にでも言いたいことが言える環境を作っている。その理由は、できるだけストレスをためないためだと久保田氏は説明する。
「仕事でたまるストレスのほとんどは人間関係が原因です。でもそれでは楽しくないですよね。どういう時にたまるのかというと、自分の話を全く聞いてくれないとか、意見を言える場所がないとか、意思決定に参加できないといった時ではないでしょうか。だからオープンにコミュニケーションをすることを基本にしています。
また、満員電車に乗って通勤することもストレスがかかりますよね。だから当社では社員に満員電車禁止令を出しています。今はコロナ禍なので、ほぼ全員がリモートワークです。
ストレスをためないようにしている理由は、余白を持ってほしいからです。言われた通りの業務を続けていると、脳はその業務に最適化していきます。そうなると、新しい発想を生み出すことが難しくなります。ある程度のミッションは与えつつも、細かく指示を出さないことで、新たなものを生み出せる環境を大事にしています」
コンテンツ産業のインフラを目指す
オトバンクでは新たな音声サービスの研究開発も進めている。常に先を見て動いているという。
「3年後、5年後、10年後には、たぶんここまでのことができるだろうと考えながら、研究開発をしています。実現するには、今から準備しなければ間に合いません。その時期に提供すべき価値を考えて、逆算して開発するイメージです。
ただ、考えていることはシンプルです。あらゆる人に聴く楽しみを知ってもらい、コンテンツを聴く体験をしてもらうにはどうすればいいのか。聴くことが当たり前の選択肢になるには何が必要なのかを、ずっと考えています。
オーディオブックが普及している米国では、音声コンテンツに対して多額の投資が行われています。ここが日本と違うところです。日本でも音声メディアが盛り上がっていることは間違いないので、音声コンテンツの量がそろって、聴く習慣ができるように、良いものを提供したいですね」
今後も音声サービスが進化を続けていく中で、オトバンクは常に先を見据えている。目指しているのは「コンテンツ産業のインフラ」だと久保田氏は言い切る。
「コロナ禍になってあらためて感じているのは、コンテンツは生きていくためには必須ではないかもしれないけれど、人の心を健康的に保つという意味では必要不可欠なものだということです。
そうであれば、コンテンツ産業が元気な方が世の中にとってはいいですよね。コンテンツ作りに集中するためには、作り手に安定的にお金が流れる必要があります。今はまだ、紙のコンテンツから入るお金のほうが圧倒的に大きいですが、今までにはなかったオーディオブックがお金を生み、成長することが大事だと思っています。
コンテンツ産業全体を見ても、作り手にお金が流れるような取り組みはまだ十分とは言えません。やれることはまだまだたくさんあるはずです。われわれがコンテンツ産業のインフラになって、いい形で作り手にお金を戻せるようになりたいですね」