国に先駆けて、2年前から行政書類の押印廃止を進めた福岡市。市が単独で見直せる約3800種類の書類について、「脱ハンコ」を完了したのが2020年9月。くしくも国が「脱ハンコ」に取り組む方針を打ち出したのと同じタイミングだった。

福岡市は全国の政令指定都市でいち早く、コンビニでの証明書(住民票の写し、印鑑証明書など)の交付を実現したほか、LINEと連携した住民サービスの提供など、さまざまな形で行政手続きのオンライン化を進めている。デジタル化を推進しているのは、2010年に民放のアナウンサーから転身して初当選し、現在3期目の高島宗一郎市長だ。行政のデジタル化は全ての世代に利便をもたらすとして、「脱ハンコ」を契機にさらなるDX(デジタルトランスフォーメーション)を進める方針だ。

「福岡市でロールモデルを作ることが、日本を最速で良くすることにつながる」と語る高島市長に、行政のDXに取り組んできた経緯と、実現するための組織のマネジメントを聞いた。

高島宗一郎(たかしま・そういちろう)

1974年大分県生まれ。大学卒業後は九州朝日放送に入社し、アナウンサーとして朝の情報番組などを担当。2010年に退社後、福岡市長選挙に出馬し、史上最年少の36歳で当選。14年と18年、いずれも史上最多得票を更新し再選。14年5月に国家戦略特区(スタートアップ特区)を獲得、スタートアップビザをはじめとする規制緩和や制度改革を実現し、福岡市を開業率3年連続日本一に導く。17年、日本の市長では初めて世界経済フォーラム(スイス・ダボス会議)へ招待される。

ハンコレスは住民サービス向上のため

――高島市長は、全国に先駆けて行政手続きのオンライン化を進めています。どのような問題意識から、行政のデジタル化に取り組んでいるのでしょうか。

高島市長:今の社会の大きな課題は、少子高齢化が進んで、支える側と支えられる側のバランスが崩れていることです。若者の数が増えない中、テクノロジーやロボットなどが、支える側として大きな力になるのではないかと思いました。そうすることで、福祉や高齢者対策など人のぬくもりが必要な分野に多くの職員を充てていきたいと考えています。

――現在ではマイナンバーなども活用して、さまざまな手続きのオンライン化を進めているそうですね。

高島市長:手続きのオンライン化は、IT国家のエストニアを参考にしています。エストニアのユリ・ラタス首相とは2018年のダボス会議をきっかけに友人になり、オンラインでさまざまな行政サービスの手続きができる電子政府の取り組みをプレゼンしてもらいました。同じことを福岡市でもやろうと思った時に、障害になったのがハンコでした。

ユリ・ラタス首相とエストニア・タリンにて

――ハンコ自体が、オンライン化の障害ということですか。

高島市長:なぜかというと、ハンコを押すためにはまず紙が必要になります。ハンコを押して提出してもらった書類は、職員がPCに情報を入力しなければなりません。電子化して(定型業務を自動化する)RPAなどで作業を進めれば、その職員は浮きますよね。繰り返しになりますが、そこで浮いた人員を人のぬくもりが必要な分野に充てるという発想です。だから、紙からオンラインに変えるために、ハンコを押すという物理的な作業をなくすことにしました。

国もハンコレスの方針を示していますが、何のためにやるのかを意図している人は少ないのではないでしょうか。ハンコレスによる合理化は行政からの見方です。役所に手続きに来る必要がなくなるという市民の利便性向上、そして、福祉や高齢者支援分野などへの人員の配置という意図が理解されると、ハンコレスの意味がもっと伝わると思っています。

――ハンコを手続きからなくすことについて、職員から不安の声はなかったのでしょうか。

職員は幅広い部署に1万6000人もいますので、ハンコを押さないと不安だと思う人がいたのは事実です。押印がない書類は、訴訟になった際に証拠として使えるのかなどの声もありました。そうした不安を一つ一つ解消していきました。もしかしたら、今回、福岡市が全国に先駆けてハンコレスを実現したと報じられたことによって、初めてその意義を理解した職員もいるかもしれません。

――変化を前にすると、何が起きるか分からないが故の不安も大きいということですね。逆に言うと、変化の中身が分かれば、不安も解消されるのでしょうか。

高島市長:そうですね。ハンコレスに限らずですが、例えば、福岡市では、市職員や学校教員の採用の申し込みをオンラインでできるようにしています。その結果、今では8割以上の方がオンラインを利用しています。つまり、便利だということが分かれば、新しい方法であっても利用したいという人が、それだけいるということですね。

福岡市役所

LINEと連携した住民サービスも提供

――福岡市では他にもオンラインで済むことがたくさんあり、LINEとも連携して住民サービスを提供しています。また、LINEの福岡市公式アカウントには人口約160万人に対し、170万人以上が友達登録をしています。LINEとの連携はどのように始めたのでしょうか。

高島市長:福岡市にLINE Fukuokaが設立されたのがきっかけですね。LINEの開発部門の人たちがいらっしゃるので、LINEでできる住民サービスを一緒につくっています。例えば、自宅の前の道路に穴が空いている、ガードレールが壊れているといった不具合を見つけた時に、写真を撮ってLINEで送ってもらえれば、その日のうちに担当部署が現地に行って仮の補修をします。

生活に密接したサービスも多く、粗大ごみを出す時には、取りにきてもらう日をLINEで予約して、支払いもLINE Payで終わらせることができます。コンビニで粗大ごみの処理券を買う必要はありません。それ以外では、災害支援での活用ですね。

LINEの福岡市公式アカウント

道路に穴が空いている、ガードレールが壊れているといった不具合を見つけた時に写真を撮ってLINEで送れば、担当部署が現地に行って確認するという

――災害支援にどのように活用しているのでしょうか。

高島市長:災害支援の現場はすごくアナログで、前時代的です。聞き取ったことを紙に書いて、それぞれの組織が紙で持って帰るので、自衛隊、自治体、NPOなどで情報が重複しますし、お互い共有もされていません。その結果、支援のニーズが分かっているのに、誰が支援に行くのかが明確にならずに、見逃すことも起こりえます。

この問題点を、2016年の熊本地震の支援活動に参加した際に強く感じました。災害情報がデジタルになって、クラウドで全ての組織がアクセスできるようになればと思い、災害時の情報共有にLINEを活用しました。

熊本地震の際のLINEのやりとり