新型コロナウイルスの感染拡大は、企業の活動に大きな影響を与えている。政府はテレワークや時差通勤を推進するよう経済団体などに要請。都心の大企業を中心に広がってはいるものの、中小企業を含めると、まだまだ取り組めていない企業も多い。

東京商工会議所は会員企業に対し、感染拡大防止の取り組みについてのアンケート調査を2020年3月13日から31日にかけて実施。1333社から回答を得た。その結果、テレワークを「実施している」と答えた企業は26%で、従業員数の多い企業ほど実施率が高かった。また「実施検討中」の企業は19.5%だった。

まだ実施していない企業が感じている課題で一番多かった回答は、仕事や労務の管理、評価などについて社内の体制が整っていないこと。通常の状態と同じように生産性を確保するための仕組みづくりに苦慮して、腰が引けている様子がうかがえる。

その課題を解決する鍵はどこにあるのか。早い段階からテレワークに取り組んでいる企業の中には、大規模なテレワークを導入しながらも高い生産性を維持しているところもある。テレワークの実践から見えてきた、生産性維持のためのヒントを探る。

テレワークで通常通り業務を進めるのは難しい

企業がテレワークや時差通勤に本格的に取り組み始めたのは、新型コロナウイルスの感染が拡大しつつあった3月に入ってから。政府は2月26日に労使団体にテレワークや時差通勤の協力を要請。翌27日に全国の小・中・高校に3月2日から春休みまで臨時休業を要請したことで、企業の動きは一気に加速した。

特に大企業は、大規模な在宅勤務を実施するところが次々と出てきた。資生堂は国内グループの2万4000人のうち8000人を対象に実施。三菱商事は本店と国内の拠点に勤務する全社員3800人を原則在宅勤務とし、出張も見合わせている。

多くの企業が、当初は3月中旬頃までの実施を見据えていたが、感染者の増加に伴って政府が4月7日から緊急事態宣言を7都道府県に発令。同月16日には全国に拡大した。緊急事態宣言は長期化し、サービス業や飲食業などが厳しい状況に追い込まれ、倒産件数は増えつつある。また在宅勤務を実施している比較的規模が大きな企業でも、生産性の維持には苦慮しているとみられる。

一方で、比較的早い時期から在宅勤務への切り替えを実施し、生産性を維持できている企業もある。編集部では「在宅勤務にかかわる新しい制度とコミュニケーションによって業務効率化を進めている」と話す食品宅配のオイシックス・ラ・大地と、1月末には国内の従業員の4000人を在宅勤務に切り替えたGMOインターネットグループに、ビデオ会議ソフトのZoomによるインタビューを実施。在宅勤務導入を躊躇(ちゅうちょ)する企業が悩む仕事や労務管理などについて、どのように対処しているのかを聞いた。

子育て世代のためのユニークな社内制度

東京都品川区のオイシックス・ラ・大地は、小・中学校と高校が一斉休校になった3月2日から、独自に3つの制度を導入した。「お子さまお預けサポート」と「スーパー時差通勤」、それに「細切れリモートワーク」。いずれも社員の柔軟な働き方を支援するものだ。

「お子さまお預けサポート」は、実家や知人の家に子どもを預けて出勤する場合に交通費を会社が負担するほか、自宅での業務が難しい場合サテライトオフィスの利用ができる。「スーパー時差通勤」は、基本は午前9時半出社のルールであり、時差出勤をしても現状は午前11時までだったが、さらにずらして何時に出社してもよくなった。

社内にあるオイシックス・ラ・大地のキッチンスタジオ

「細切れリモートワーク」は、トータルで1日の出社時間をみたせば午前3時間、午後2時間半、夜に3時間と細切れでリモートワーク勤務をしても、1日分の勤務と見なす。いずれもユニークな制度だが、オイシックス・ラ・大地のコーポレートコミュ二ケーション部広報室の横溝万保美さんによると、子育てをしている社員には特に「細切れリモートワーク」の評判がいいという。

「マルシェ」と呼んでいるオイシックス・ラ・大地社内の来客スペース

「当社は子育て世代の社員が多く、約半数は女性です。細切れリモートワークであれば、午前中を家族と過ごす時間にして、午後に仕事に専念することもできます。夫婦で在宅勤務をしている家庭の場合は、夫婦で午前と午後に分けて子どもの面倒を見ることも可能で、時間を有効活用できるという声が寄せられています」

オイシックス・ラ・大地では、すでに以前からからリモートワークを導入していた。ただ2月の段階では、利用者は1割にも満たなかったという。それが、「細切れリモートワーク」を導入した3月には、3割の社員が利用し、非常事態宣言のあった4月に入ってからは7割まで伸びている。独自の制度を3月2日に導入した対応の早さは際立つ。その理由を横溝さんは次のように話す。

「当社は基本的に働き方についての考え方が柔軟で、社員にとっていいと思うことはスピーディーに人事部門が実行していきます。3つの制度は社員からの要望が元になっています。一斉休校が決まったことを受けて社員にヒアリングし、すぐに導入されました。外部環境は日々変化しているので、制度も柔軟に変わっていっています」

オイシックス・ラ・大地のコーポレートコミュ二ケーション部広報室の横溝万保美さん

リモートワークで業務が効率化

新型コロナウイルスが拡大する中、外出自粛の影響でオイシックス・ラ・大地の食品宅配事業は需要が増えている。社内ではリモートワークが拡大したが、それでも大きな問題なく対応できているという。業務の進め方は、次のような流れだ。

まず、社員は業務を始める際に、チャットや電話など、連絡がとりやすい手段で上司に報告する。1日の業務は週報や日報に各自記載しておき、上司がチェックする。業務を進めている間は、電話などで直接話さなくても、チャットなどで呼びかけがあれば、きちんと反応するようにルールを決めている。また拠点が全国にあるため、日頃からテレビ会議を使っていたこともあり、 ZoomやGoogle Meetによるコミュニケーションも多用しているという。

リモートワークが進んだことによって、思わぬ効果もあったと横溝さんは説明する。

「リモートワークは東京五輪の影響を鑑みて社内での利用を進めていましたが、あえて積極的に使用する部署はありませんでした。利用が増えたのはコロナウイルスの感染拡大防止策のためリモートワークを推奨する社内判断があったことが1つの理由です。部署によっては、リモートワークによって業務の効率化ができました。タスクを整理しながら業務を進めると、チーム内でお互いの業務がよく見えるようになり、無駄な作業の削減にもつながったのです。最初はリモートワークに対して不安もありましたが、良い面もありました」

横溝さんは今後の課題に、生産性の向上と、社内のコミュニケーション、それに家庭の通信環境などのインフラ整備を掲げる。特に鍵を握るのがコミュニケーション。社内では現在さまざまなことを試しているという。

「なるべく部署単位でコミュニケーションを取る時間を作るように推奨されています。部署によっては、昼食の時間にオンラインでリモートランチ会を開催していたり、午後3時ころにはおやつタイムを設定し雑談する時間を設けたりするなど、実際に出社しているときにしているような会話の時間をもてるようにしています。

以前のように直接面と向かって、仕事の相談や雑談をする機会がないので、ランチ会やおやつタイムがその時間となっています。コミュニケーションを取りやすくすることで、社内の意見も得られやすくなります。人事部門では、常に社員の声に耳を傾けて、何か困ったことがあったら新しい制度を立ち上げるなど、今後も柔軟に対応していくことを考えています」

1月末には約4000人が在宅勤務体制に移行

一方、いち早く1月下旬に在宅勤務体制に移行したのが、東京都渋谷区に本社があるGMOインターネットグループだ。1月16日に災害対策本部を立ち上げ、同月26日には国内の従業員約4650人の9割にあたる4000人の在宅勤務を決定。この日は日曜日だった。翌27日から実施して現在に至る。

従業員の9割が在宅勤務に移行したGMOインターネットグループの社内

迅速に移行できた背景は、2011年の東日本大震災の経験があったからだと、GMOインターネットの福井敦子取締役グループコミニケーション部長は説明する。

GMOインターネットの福井敦子取締役グループコミニケーション部長

「東日本大震災以降、緊急時に最も大切にしているのは人の命です。私たちは働く人を従業員ではなくパートナーと呼んでいますが、まずパートナーの命を守ることを優先しました。在宅勤務に踏み切った1月末は、中国の春節の直前でした。会社がある渋谷は外国人が多く訪れるので、感染のリスクを回避しようと考えました。在宅に切り替えるのが他社に比べて早かった理由だと考えています」

さらに、緊急時に命の次に重視しているのが、事業の継続だという。

「インターネットのインフラサービスを提供していますので、非常時でもサービスを継続するのは私たちの使命です。大きな工場などはありませんので、エンジニアやクリエイターがインターネットにつながっていれば事業の継続は可能です。

そのために震災後はVPN(Virtual Private Network)や、サーバを増やしてきましたし、毎年5月頃に在宅勤務の日を決めて、事業継続の訓練をしてきました。こういう裏付けがあったので意思決定は非常に早くできました」

在宅勤務にはポジティブな意見が多い

事業の継続を考えた場合には、在宅勤務を100%にするのは難しい。GMOインターネットグループでも、どうしても金融部門を担うチームを中心に、全体の約1割の人が会社に行く必要があるという。そのため社内には消毒液だけでなく、マスクやゴーグル、ゴム手袋なども出社した人に渡している。

出勤する社員に配られるゴーグル、「N95」防護マスク、手袋など。パンデミックに備えて長きにわたり少しずつ備蓄してきた

在宅勤務についての課題も吸い上げている。グループ内では2月と3月の2回、在宅勤務の課題についてアンケートを実施した。在宅勤務を実施する企業が増えた時期からインターネット回線の品質が低下したことや、長時間自宅で仕事をするためには椅子などの作業環境を整えることが必要といった声が寄せられた。

一方で、ポジティブな意見も多い。もともと定時の勤務は午後7時まで。それから帰って夕食を取るのは、多くの人が午後8時を過ぎていた。それが午後7時にリモートワークを終えて、すぐに家族と一緒に食事ができる。このことを喜んでいる人は多いという。

特に、通勤時間がなくなったことや、テレビ会議が増えたことによって、新たな時間が捻出されたことの価値は大きいようだ。

「通勤時間がなくなったことで自分の時間が生まれて、勉強や読書など、好きなことに時間が使えるようになったという声は多いです。また商談など、社外の人と直接会わなければならなかった機会がZoomなどのテレビ会議に切り替えられましたから、その分の移動時間も削減されています。移動がないことによって時間が効率よく使えるので、仕事にも集中できているようです」(福井取締役)

ナチュラルなガバナンスで生産性が向上

リモートワークでの業務の進め方は、次のような流れになっている。福井取締役の部署では、業務を開始するときに、チャットツールでその日に取り組む仕事の内容を書いて、「これから始めます」と宣言する。業務が終わったときには、その日にできた業務とやり残した業務を書く。やり残したことは、いつまでに終わらせるかも報告する。

その際に、上司は報告された内容を確認した上で、必要なことをコメントで伝える。それ以外にもチャットでは、業務のこと以外もチーム内でやりとりしているという。

「業務の始めと終わりにチャットで報告した内容は、チーム内の全員が確認できるので、まわりがどんな仕事に取り組んでいるのかが分かります。それと報告する際には、なるべくフリーコメントを書くようにお願いしています。そうすると、面白いことや、一見どうでもいいと思われることも書きますよね。トイレットペーパーが買えなくて困っていますと誰かが書くと、それに対してみんなが突っ込みあっています。

これまで隣や向かい側に座っている人に話しかけていたのに比べると、少し面倒になっていますが、それでもきちっとコミュニケーションが取れるように慣れることが大事だと思います。コミュニケーションがあることで、お互いに刺激しあって、ナチュラルにガバナンスされているのではないでしょうか」

チャット以外に、Zoomも頻繁に活用している。会議では必ずビデオをオンにして、顔が見えるようにしているという。

「チャットやZoomでコミュニケーションが取れていることで、生産性が落ちることはありません。新たな時間が生まれたことによって、生産性はむしろ上がっていると感じています。当社のサービスへの申し込みは新型コロナウイルスの影響が出る前よりも増えており、それに対するサポートができています。コミュニケーションの中でお互いが意識することで、業務を監視しなくても、結果が出ているのだと思います」

GMOインターネットグループでは、4月1日に入社式をオンラインで行った

鍵になるのはオンラインでのコミュニケーション

GMOインターネットグループでは、オンラインのコミュニケーションの場を社内だけでなく、社外のエンジニアにも広げている。「GMO Developers Night」の名称で、エンジニア向けのセミナーや情報発信のイベントを開催。リモートワークによって減っている、自由に話し合う場や共感する機会を増やして、コミュニケーションの輪を広げていく考えだ。

オイシックス・ラ・大地も、GMOインターネットグループも、リモートワークを広げるにあたって、厳格な勤怠管理などはしていない。勤務の始まりと終わりを報告するといった最低限の管理だけだ。マネジャーはおのおののメンバーを信頼し、主体性に任せた働き方を推進することによってチームのモチベーションを高め、生産性の維持に努めているようだ。

またオイシックス・ラ・大地がZoomをつないでリモートランチ会を開催していたことや、GMOインターネットグループが業務報告において互いにフリーコメントを書くように促していたことは興味深い。仕事を効率的に進めていくことに加えて、メンバー間での交流についても配慮をしている。オンラインでのコミュニケーションを、会社に出勤をしている状態にできるだけ近づけることによってチームの力を保ち、生産性の維持や業務効率化を図っている。

これらのチームマネジメントでは、難しいことをやっているわけでは決してない。チャットやテレビ会議のツールを、工夫しながら活用しているといえる。

新型コロナウイルスの影響が長期化することも予想される中、社員全員が定時に出社するといった従来の働き方は、変わらざるを得ないのかもしれない。最近ではコロナ後の新しい日常のことをよく「ニューノーマル」と呼ばれているが、ニューノーマル時代の働き方を考える上で、リモートワークで円滑に事業を進められるかは非常に重要だ。2社の事例はリモートワークに踏み切れない企業のヒントになるだろう。