アトラシアンには、働き方改革のエキスパートが多くいる。その一人が、ワーク フューチャリストのドム・プライス(Dom Price)だ。彼は企業組織のリーダーに向けて、変革のためのメッセージをコラム形式で発信し続けている。この連載では、そのエッセンスをお伝えしていく。

バズワードの弊害

アトラシアンにおける私のミッションの一つは、働き方改革に関する講演を世界各地で行ったり、各国の顧客先でそれぞれの課題をヒアリングしたりすることである。

その仕事を通じて知ったことは、あらゆる規模の組織(とりわけ、歴史の古い組織)に変革が必要とされており、その地位を保つために新しい働き方を探し当てなければならないという事実だ。

市場での競争は激しさを増し、あらゆる産業で“破壊的なイノベーション”のうねりが巻き起こっている。企業の顧客たちは、さらなるイノベーションをよりスピーディに引き起こすことを企業に求め、従業員たちは、イノベーションのチャンスを掘り下げ、コトを起こすために自由な働き方を望んでいる。

「このような状況の中で、組織的な“成功”と“失敗”は何によって左右されると考えているか」─。私は、この質問を顧客たちに繰り返し投じてきた。それに対する顧客たちの返答には、以下のワードが“決まり文句”のように含まれていた。

  1. スケーリング
  2. トランスフォーメーション
  3. イニシアチブ
  4. ディスラプト(破壊)
  5. アウトプット
  6. 効率性

実のところ、これらのワードは“バズワード”に近いもので、私はあまり好きな言葉ではない。しかも、ワードに対する誤解や誤用もしばしば見受けられ、それがイノベーションの取り組みの妨げになっている場合もある。

そこで以下では、上述したワードに絡めるかたちで、イノベーティブな組織/チームを作るうえでのポイントを掘り下げてみたい。

「スケーリング」は「拡大」にあらず

最近、「スケーリング(Scaling)」というワードが頻繁に使われるようになった。もちろん、スケーリングという言葉自体に問題はない。問題は、それが単なる「拡大」と同義の言葉として扱われていることにある。

ご承知のとおり、組織における「拡大」とは、組織の構成員が量的に増えることを意味し、それと「組織が良くなること」は決して同義ではない。また、組織の拡大が、働く個人やリーダーにとって良いことであるとは限らず、むしろ、組織の人数が増えた分、リーダーの管理負担がより大きくなるのが通常である。

さらに言えば、組織を強化するうえで大切なのは、組織が抱える本質的な課題が何かを突き止め、その解決を図ることである。ところが、組織の規模的な拡大に気を取られていると、そうした課題解決の取り組みに集中できなくなる恐れも強まるのである。

一方、本当の意味でのスケーリングを実践することで、組織の人員数が増えるのに応じて、その能力を拡張していくことが可能になる。というのも、スケーリングとは本来、目的指向で組織の能力を拡張する取り組みであるからだ。

言うまでもなく、自分の仕事の本来の目的や意義を理解しているワーカーは、その仕事をこなすうえで、どのようなリソースを、どう使うのが適切かを正しく判断することができる。スケーリングとは、そうしたワーカーの判断を活用して、組織の能力を拡張する手法である。スケーリングにおいては、仕事の目的に応じて、それをこなすための新しい手法を選ぶことが許容される。

もっとも、このように説明しても、スケーリングとは何かがつかみにくいかもしれない。そこで、スケーリングの好例を一つ紹介しよう。これは、某社(仮に、A社とする)の情報システム部門でヘルプデスクを担当するチームの事例だ。

A社は、急成長を続ける企業であり、ここ1年で従業員数─すなわち、ヘルプデスクチームがサポートしなければならないエンドユーザー数が倍増した。にもかかわらず、ヘルプデスクチームの人員は増やすことができず、結果として、チームの労務負担は一挙に2倍に膨れ上がることになった。

この難局を切り抜けるためにチームがまず行ったのは、ヘルプデスクに対するエンドユーザーからのサポート依頼(チケット)を分析し、依頼の発生パターンを割り出すことだった。そのうえで、エンドユーザー(社員)に対する教育やナレッジベースの整備を進め、頻繁に起こる問題については、エンドユーザーたちが自力で解決できるような環境を整えた。これにより、チームは、人員を増やすことなく、自分たちに課せられた役割をしっかりと担い続けることが可能になったのである。

こうした彼らの取り組みで注目すべき点は、ヘルプデスク業務の旧来型の枠組みにとらわれることなく、「エンドユーザーによるIT活用上のトラブルを解決する」という本来目的を達成する手段を考案・実行し、成果を上げていることにある。言い換えれば、彼らは、ヘルプデスク業務のあり方を、旧来の「サポート依頼への対応」から、エンドユーザーのITリテラシーの向上へと変容させ、それによって、より少ない人員で、より多くのエンドユーザーのIT活用をサポートすることに成功したというわけだ。

社内のITリテラシー向上に軸足を置いた彼らの「新しいヘルプデスク業務」は日々進化しており、チームのメンバーのモチベーションも高い。実際、私が彼らの元を訪れたとき、メンバー全員が満面の笑みを浮かべ、これからの計画について熱く語ってくれた。これこそが、スケーリングという組織改革のあるべき姿であり、単なる“拡大”とは、まったく異質の取り組みと言えるのである。

「トランスフォーメーション」はプロジェクトではない

「スケーリング」という言葉以上に、最近よく耳にするワードが、「トランスフォーメーション(Transformation)」である。実際、私がこれまで対話してきたほぼすべての企業が、「デジタル トランスフォーメーション」や「カルチュラル トランスフォーメーション」、あるいは「アジャイル トランスフォーメーション」など、何らかのトランスフォーメーションを進めている。

トランスフォーメーションに着手するのは悪いアイデアではないが、残念なのは、取り組みの多くが、自発的に始めたものではなく、不測の事態に直面し、“しかたなく”始めたものであることだ。

多くの組織は、過去の「継承」や「歴史」にとらわれ、旧来の業務のあり方をなかなか改めようとしない。なかでも、歴史が古く、かつ、相応の収益を上げてきた企業は、自分たちよりも優れた競争相手がいきなり出現して、顧客を奪っていくような事態は想定しにくいようだ。そして、その悪夢のような出来事が現実になったときに、ようやく、こう気づくのである。

「しまった! 顧客ニーズを満たすという点で、彼ら(新たな競争相手)のほうが、私たちよりはるかに上で、先進的だ。トランスフォーメーションを急がなければ」

このようにしてトランスフォーメーションを始めると、トランスフォーメーションを一つのプロジェクトのように扱ってしまうという間違いに陥りやすい。

プロジェクトには特定の期限があり、その期限までに一定の成果を上げることが求められる。それに対して、トランスフォーメーションには、“終わり”や“完成形”なるものは存在せず、「いつまでに、この成果を上げる」といった目標を定めるのも難しい。

例えば、組織の「アジリティ(俊敏性)」を高めるというトランスフォーメーションに着手するとしよう。この場合、組織の幹部が「アジャイル(開発)の作法に従って仕事のやり方を変えよう」と言い出すケースが間々ある。

このような指示を出す幹部の大多数は、アジャイルのことを深く理解しているわけではない。また、アジャイルの手法を取り入れることが、自分の組織やチームの俊敏性向上に有効であるかどうかを精査したわけでもない。バズワード化している“アジャイル”の手法を組織の俊敏性を高めるための最新の方法論であると勘違いし、多少の知識を入門書やオンラインセミナーで仕入れ、部下たちをその作法に従わせるだけで、俊敏性の向上という課題が解決できると思い込んでいるに過ぎないのである。

言うまでもなく、このような幹部の指示に従い、アジャイル開発の作法を型どおりに取り入れたところで、組織やチームの俊敏性は高められない。実際、上司の指示に従ってアジャイル手法を日々の業務に取り入れた某社のチームは、私のヒアリングに対して次のように語ってくれた。
「スタンドアップミーティングや振り返りなど、アジャイルの作法は忠実に守っています。とはいえ、それでチームの俊敏性が向上したという実感はありません」

このように、組織やチームの俊敏性を高めるというトランスフォーメーションは、アジャイルの手法を取り入れれば、それですべてが完了するような取り組みではない。

その取り組みを前に進める有効な一手は、ビジネスの前線で働く現場のチームに意思決定の権限を可能な限り与えることである。これにより、チームは市場の変化に機敏に対応することが可能になり、かつ、変化に応じて自分たちの働き方を変えていくこともできる。結果として、現場での毎日がトランスフォーメーションの実践となり、企業としてトランスフォーメーションを推進する必要もなくなるのである。

「破壊」のタイミングは予測できない

「破壊(Disrupting)」というワードも、近年のバズワードの一つである。

前述したとおり、今日では、あらゆる産業が破壊的なイノベーションのうねりと対峙しており、大多数の企業が、現状のビジネスモデル/市場が、いずれ何者かによって打ち壊される可能性が高いことを理解している。ただし、難しいのは、そうしたビジネスモデル/市場の大転換が、いつ、どのようなタイミングで訪れるかを見通すことである。

ここで、米国最大のレンタルビデオチェーンだったブロックバスタービデオ社(Blockbuster Video)のケースを思い起こしていただきたい。

彼らは以前、ネットフリックス(Netflix)社から、5,000万ドル(約50億円)で買収して欲しいとの要請を受けた。ネットフリックス社の現在を考えれば、5,000万ドルというのは極めて安価な買収額だ。ただし、当時のブロックバスター経営陣はネットフリックス社の申し出を一笑に付し、検討すらしなかったという。

これは有名な話で、ブロックバスター経営陣の先見性のなさを示すときに、よく引用される。ただし、ネットフリックス社の今日の成功は、当時の誰も予想していなかった。しかも、ブロックバスター社はこの頃すでにストリーミング配信サービスの開発を始動させていた。そう考えれば、ネットフリックス社の申し出を断ったブロックバスター経営陣の判断は、当時としては当たり前の意思決定であり、彼らに先見性がなかったとは言い切れない。

ではなぜ、ブロックバスター社はストリーミング配信サービスを始めなかったのだろうか。その最大の理由は、彼らにとってビデオのレンタル“延滞料”がかなり大きな収入であり、年間で8億ドルにも上っていたためだ。つまり、レンタルの“延滞”が発生しないストリーミング配信サービスの始動は、8憶ドルの収入がゼロになるリスクを伴っていたのである。

おそらく、私が当時のブロックバスター経営陣だったとしても、年間8憶ドルもの収入源を壊してまでストリーミング配信サービスを始めようとは考えなかったかもしれない。そして実際にも、ブロックバスター経営陣は、ストリーミング配信サービスのプロジェクトを中止し、のちの経営破綻の道に突き進んでいったのである。

このケースとは対照的に、オーストラリアの銀行ANZ Bank社は、自分たちのビジネスモデルを自ら打ち壊し、サステナビリティを確保した。この銀行の経営陣は、現場のチームに働き方を選べる自由を与え、結果として、チームのパフォーマンスと従業員の満足度をともに高めることに成功している。

この2つの事例から言えることは、市場破壊のタイミングを見通すのは極めて困難であり、それを見通そうとすることにあまり意味はないということだ。いずれは、現状のビジネスモデルや市場は破壊される。それを見越して、大きな犠牲を払ってでも自ら破壊者になる決断が下せるかどうかが、組織の命運を左右するのである。

「イニシアチブ」と「在職期間」とは無関係

「イニシアチブ(Initiative)」は、今日の“バズワード”ではない。ただし、組織改革やイノベーションという文脈の中で頻繁に使われるワードの一つである。

組織変革におけるイニシアチブとは、組織の中で最もスマートなアイデアを持つ人を探し当て、その人たちを引き上げることを意味する。イニシアチブのベースになるは、スマートさと好奇心、創造性であり、在職期間とは何ら関係はない。

また、入社したての新人には、自分が“何も知らないことを知らない”という魅力がある。彼らは、自分では何も見えないので自ら心の壁を打ち破り、オープンマインドで周囲と接しようとする。それは組織にとって非常に良いことだ。その意味でも、組織のリーダーにとっては、優秀な人材を採用することがとても大切と言え、また、採用した人材のアイデアを育み、増幅し、活躍を後押ししていくことが、リーダーたちの最も重要な役割となる。

そうしたリーダーにとって、私が最も役立つ教えの一つと感じているのは、ダン・ピンク氏の言う「主張するときは、自分が正しいと考えながら主張し、相手の話を聞くときは、自分が間違っていると考えながら聞く」である。

実のところ、私はかつて、他人の話にそれほど真剣に耳を傾けていなかった。もちろん、私に異を唱える人の意見も聞いてはいた。だが、相手の意見を聞きながら、いつも、頭の中で相手への反論を用意していたのである。このようなことで、きちんとしたコミュニケーションが成立するわけはなく、意見の異なる人との対話では、私と相手の双方が何も得られずに終わることがほとんどだったのである。

ともあれ、「自分が間違っていると考えながら聞く」というのは、「自分が正しいかもしれないが、オープンマインドで異なる意見に耳を傾ける」ということでもある。この姿勢によって、多様な視点や考え方に基づく意見を取り込み、自分のアイデアに一層の磨きがかけられるチャンスが広がることになる。

私はアトラシアンに入社する以前、「同意できない他者の考えにも、政治的な理由で同意しなければならない」ということが当たり前の職場で働いていた。それに対してアトラシアンでは、私の考えやアイデアに対して、実にさまざまな意見がオープンに寄せられてくる。その環境に慣れるまでに多少の時間が必要だったが、すべての意見に悪意がなく、純粋に私のアイデアをもっと良くしたいという願いからの発言だった。そのことが分かってからは、フィードバック(それが、批判であっても)を受けることに心地よさを感じるようになったのである。

すばらしいアイデアは組織のいたるところに潜在している。ゆえに、社内のあらゆる場所で、人の考えに耳を傾けることが大切だ。このとき、自分のアイデアを認めてもらいたい、評価してもらいたいというエゴは自席の机の中にいったん閉じ込めておくことが肝心である。

そもそも、会社のために想起したアイデアというのは、たとえそれが“自分のアイデア”であっても、自分のモノではなく、組織全体の所有物である。そのアイデアは、ともに働く人たちの意見や考えを取り入れながら洗練させるのが当たり前と言える。ただし、それを遂行するには、オープンなマインドで人の意見に耳を傾けなければならない。

「アウトプット」と「成果」は異なる

近年、ナレッジワーカーの間で、「アウトプット(Output)」という言葉をよく耳にする。というよりも、私を含めて大多数のナレッジワーカーが「アウトップット中毒」になっているようだ。

言うまでもなく、「アウトプット」とは、一目でそれにかけた労力が推量できるような有形の生産物を意味している。

一方、「成果(Outcomes)」とは、ナレッジワーカーの働きによって生まれたインパクトが引き起こす“何らかのコト”を表している。成果は無形であることが多く、その大小を定量的に計測したり、いつの時点で成果を計測するのが適切かを決めたりするのが難しい場合もある。

アトラシアンでは、この成果を人事評価に取り入れるために、目標設定フレームワークの「OKRs (Objectives and Key Results)」を採用している。OKRsでは、達成したい成果を目標として定めて、その到達度を計測するためのアウトプットを設定する。そして、設定したアウトプットを出すために努力することで目標の成果を生み出すことが可能になる。

ナレッジワーカーの仕事には、“通常業務”なるものは存在せず、“何時間働いたか”も問題ではない。その中で、アトラシアンでは、緩やかなペースで組織づくりを進め、働く人の満足度を高めてきた。そして今、意欲的でイノベーティブなアイデアの実現に向けて、全員が挑戦し、進化し続けている。

仕事の効率性と有効性をともに追求する

「効率性(Efficiency)」という言葉は、近年のビジネス書でよく目にするワードである。

仕事の「効率性」を追求するのは確かに大切だ。ただし、その取り組みは、同じ仕事をより短い時間で処理するための試みに過ぎない。ゆえにそれは、イノベーティブな取り組みとは呼べず、今日の私たちにとってより重要なのは、仕事の効率性ではなく「有効性(Effectiveness)」を高めることであると言える。

おそらく、賢明なビジネスパーソンであれば、斬新なアイデアをすばやくかたちにするには、仕事の「効率性」と「有効性」の2つを同時に高める必要があることに気づいているはずである。ところが多くの組織は、仕事の効率性ばかりに気をとられる傾向が強い。したがって、仮にあなたがチームのリーダーであるならば、チームにおける働き方の振り子の針を、効率性から有効性へと思い切って傾けることをお勧めしたい。

そしてもし、あなたが、イニシアチブを正しく発揮し、相応の成果や日々進化するチームを手にしたいと考えるのでれば、成すべきことはとてもシンプルである。それは、自分自身が率先して行動し、成果主義を受け入れ、社員のすべてがそれぞれのアイデアをオープンに共有できるような環境を整えることである。そして、自分の考えが間違っている場合にも、その事実を素直に受け止める意志を示し、仮に本当に間違っていたとしても、それによって負の影響をまったく受けない自分の姿を周囲にアピールすることが大切である。

こうした変革の取り組みは、決して不可能なことでも、難しいことでもない。しかも、それを遂行することで、チームにとっても、顧客にとってもメリットのあるイノベーションへとつながっていくのである。