アトラシアンには、働き方改革のエキスパートが多くいる。その一人が、ワーク フューチャリストのドム・プライス(Dom Price)だ。彼は企業組織のリーダーに向けて、変革のためのメッセージをコラム形式で発信し続けている。この連載では、そのエッセンスをお伝えしていく。

イノベーションは現場で起きる

「あなたの会社の社員を“天才”へと変える方法がある」─。このような言葉を信じる方は、まずいないだろう。ならば、以下に示す法則はどうだろうか。

  1. すべての人に、イノベーション力と創造力がある。
  2. イノベーションに不可欠な要素は、人材の思考、スキル、バックグラウンドの多様性である。
  3. イノベーションは強制では生まれない。
  4. イノベーションには、そのための時間とスペースが必要とされる。
  5. 人類の偉大な仕事は、すべてチームによって成し遂げられている。

これは、私たちアトラシアンが導き出したイノベーションの法則であり、要点だ。このようにしてイノベーションをとらえていくと、社員たちを天才にするのは無理だとしても、天才と同様の偉業を成し遂げさせることは可能に思えてくるのではないだろうか。

そもそもイノベーションというのは企業の文化である。一人の経営者や、一人の傑出した人物、あるいは博士号、さらには、会社の中の小部屋が生み出すものではない。したがって、イノベーションを志向する組織のリーダーは、「新しい何かを構想する」「新しい何かに挑む」ための権限を現場に持たせ、自らはチームの潜在能力を引き出すことに力を注ぐべきである。

では、チームのイノベーション力、創造性を高めるには何をどうするのが適切なのだろうか。以下では、アトラシアンが実践している手法についてご紹介したい。

イノベーションの日常化

先に「イノベーションは企業文化である」と述べたが、イノベーションの文化がある企業とは、すなわち、「イノベーションが日常化」している企業を指している。

アトラシアンは、まさにそうした企業の一つだ。そして、私たちが毎日のようにイノベートできている理由は、チーム「アトラシアン」のメンバー(つまりは、社員)たちが、「呼吸」をするのと同じような感覚で、会社の「カンパニーバリュー」を体現できているからである。

アトラシアンのカンパニーバリューは、人材採用のプロセスにも組み込まれており、このバリューに基づく働き方ができるか否か(あるいは、できそうか否か)が、採用の是非を決める最も重要な要件となっている。

ここで仮に、あなたが、チームや部門をリードする立場にあり、チームにイノベーションの文化を根づかせたいと考えているとしよう。ただし、会社の人材採用プロセスを変革できるような権限は持っておらず、今いるメンバーで進めるとする。

その場合には、自分のチーム、あるいは自部門の集合的な価値を発見・体系化し、それに則ったかちでチーム/部門をリードしていくことをお勧めしたい。また、そうしたバリューの発見/体系化には、「好奇心」「イノベーション」「変化」「リスクへの耐性」といった要素が、自分のリードする組織のどこに存在しているかを自問するのが有効である。

一方で、新しいプロジェクトをスタートさせたり、自分のチーム/部門に新しいチームメイトを迎え入れたりすることがよくあるだろう。このようなときには、以下のスタンスを必ず伝えて、共有することを忘れてはならない。

「イノベーションや建設的な異論・反論は常に歓迎であり、それに強い関心がある」

また、四半期ごとのパフォーマンス評価に使う「OKRs (Objectives and Key Results)」を設定するタイミングでは、現状の“居心地の良いゾーン”から一歩外に飛び出す意識を強く持つことも重要だ。つまり、現状にとどまることをよしとせず、「チームのプラクティスを変革する」「顧客の想像を超える何かを提供する」「新しいアイデアを積極的に取り入れる」といった目標を自らに課すことが、リーダーには期待されているのである。

チームや部門の中で日常的に発生するイノベーションは、多くの場合、改革/改善の「ワンステップ」にすぎない。ただし、そうした小さな変化の一つ一つが、イノベーションの勢いを増していく。それによって、あなたのチーム、あるいはビジネスは、競争力を高いレベルで維持することが可能になる。

チームの創造性を鍛える

現在、イノベーション力の強化に構造的に取り組もうとする企業は少なくない。その方法は各社各様だが、アトラシアンの場合、「週に1日はイノベーションに集中する」、あるいは「5週間に1度のサイクルでイノベーション週間を設定する」「Atlassian Team Playbookを使った演習を行う」といった試みを展開している。

この活動の背景にある考え方は、「チームに少しの制約を与えて創造性を鍛える」というものだ。ここで、「制約はイノベーティブな発想を阻害するのではないか」と思われる方もいるだろう。ただし、一定の制約がヒトの創造性を喚起することは、さまざまな研究で証明されている。そのため、アトラシアンでは、イノベーションのチーム演習を行う際には、必ず以下のようなテーマを設定するようにしている。

  • チームをもっと機能させる新しい方法を想起する
  • 顧客のエンゲージメントを高める新しい方法を想起する
  • 製品/サービス改革・改善の新しい可能性を想起する

また、このようなテーマを課したうえで、チームで創造的な思考を巡らすための一定の時間を与える。言い換えれば、テーマだけではなく時間にも縛りを設けてしまうのである。

もっとも、テーマと時間の制約以外は、チームの思考を妨げるものは一切ない。チームによるディスカッションの場では、誰もが自分のアイデアや考えを自由に発言でき、たとえ、大勢とは異なる意見や常識外れのアイデア、あるいは、とても実現が不可能に思えるアイデアを出したとしても、蔑(さげす)まされたり、非難されたりする心配はない。どのような意見・アイデアであっても、それが前向きなものであれば、チームの全員が真摯に受け止めてくれる。これを逆に言えば、「自分の意見・アイデアが常に尊重される」というチームメイトに対する信頼や安心感があるゆえに、全員が自由な発想で意見・アイデアを出すことができるのである。

このようなイノベーションのための場、あるいは演習は、チームの思考力の向上に直接的な効果がある。例えば、演習を繰り返したアトラシアンのチームは、深刻な事態に発展しうる問題を事前に洗い出し、それが起こらないようにする能力を身に付けている。

破壊的なイノベーションは大胆に

一方、破壊的なイノベーションを構想したり、推進したりする場合には、ルールや制約は少ないほうがいい。

例えば、アトラシアンでは、四半期に一度の全社的な取り組みとして、この種のイノベーションを構想するハッカソン「ShipIt(シップイット)」を展開している。

伝統的なハッカソンと同じように、ShipItには毎回24時間が費やされる。24時間というのは年間のワーキングタイムの1%にも満たない短さだ。ただし、ShipItでは、イノベーションの対象に一切の制約がなく、アトラシアンが生業(なりわい)とするIT(情報技術)分野以外の新しいビジネスやソリューションも自由に構想できる。そのため、IT分野の伝統的な発想から脱却するうえでも有効である。

組織の規模が大きい場合、全社的な取り組みとしてシップイットのようなハッカソンを展開するのは簡単なことではない。ただし、チームや部門単位でなら、実施のハードルは低く、どのような組織でもすぐに始められる。ただし、実施の際には、ハッカソンをエネルギーに満ち溢れた行事にしなければならない。

例えば、社内のオープンな場所でハッカソンを展開し、参加者それぞれに3分間のプレゼンテーションを行わせ、それに対する投票数を競い合わせる。また、投票を行う審査員には、他部署のスタッフも参加させる。そうすれば、ハッカソンは社内で話題になり、プレゼン内容についてもっと知りたいと、さまざまなチームが接触してくるはずである。

コンテスト形式であるからには、多くの投票を集めた勝利者には“賞品”を与えなければならないが、それは小さなトロフィーか、あるいは「勝利を自慢できる権利」だけで十分である。おそらく、プレゼンテーションを展開した全員が、自分のアイデアを披露することで、周囲の人の“熱”やモチベーションがいかに上昇するかを知り、驚きと喜びを感じるに違いない。同様に、プレゼーションに対する同僚たちの賞賛やフィードバックによって、自分の意欲を一層向上させるはずである。

この取り組みを展開するには、時間さえあればよく、お金はかからない。つまり、ローリスク・ハイリターンの試みと言える。ただし、プレゼンテーションに過度の期待をかけると、参加者のアイデアが保守的になるので、その点には注意が必要だ。ハッカソンで語られるイノベーションは、大胆で自由、愉快で挑戦的なものでなければならない。夢は大きく描くべきなのである。

以上のようなかたちで、イノベーションの文化を醸成する仕組みを整えて、演習を行っていけば、あなたは自分のリードする組織を、ビジネス研究所のような組織へと変えていくことができるだろう。その研究所では、実験が奨励され、新しいアイデアが次から次へと生まれ、それらに対するフィードバックが各所からもたらされる。そして、顧客の成功や競争優位を実現する新しい方法が創出されていく。

そのような世界を実現するためにも、組織のリーダーは、部下たちのアイデアやイノベーティブな発想を常にオープンに受け入れ、それぞれの潜在能力を解き放つ努力を続けなければならない。自身がイノベーションのボトルネックになるようなことは、絶対に避けるべきなのである。