弁護士としての業務の全てをクラウド上で完結させる──。そんな新しい働き方で、クライアントメリットを最大化し、人生に対する自身の充足感も向上させているのが、弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所の藤井 総弁護士だ。同氏に、ITによる柔軟な働き方で成功を収めるための要点を伺う。なお、当取材は、新型コロナウィルスの感染拡大対策の一環として、Web会議ツールを通じて行った。

藤井 総(ふじい そう)
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 弁護士。慶應義塾大学法学部法律学科に在学中の2005年に司法試験に合格。大学卒業の翌2007年に弁護士登録を行い、経験と実績を積む。その中でチャットツールと巡り合い、クラウド上で弁護士業務の全てを完結させる新しい働き方への移行を決断。2015年に独立し、IT関連企業・組織のサポートに特化した弁護士法人ファースト法律事務所を開設。のちの2018年に小野 智博弁護士と合流し、弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を共同開設する。

時間と場所を選ばないスタイルでクライアントの信頼を得る

弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所の藤井弁護士は、ITのサービスと業界に精通し、IT関連企業・組織に特化した顧問サービスを展開している。法人組織を法律でサポートするというビジネス自体は旧来から存在するものだが、藤井氏の働き方は、一般的な日本の弁護士のそれとは大きく異なる。

例えば、弁護士の業務では通常、リアルな場での面談を通じて、クライアントからの相談に応じるというプロセスが発生する。それに対して、藤井氏の顧問サービスにおいては、そうした面談は行われず、クライアントとのやり取りのすべてはチャットツールやWeb会議ツールといったITツールを介して行われる。これにより、藤井氏は、時間と場所を選ばない働き方を実現しており、自宅で働くことも多いほか、年間100日程度は海外に滞在し、その滞在先でも仕事をこなしている。

このような藤井氏の働き方に対して、おそらく多くの方が、「ITツールだけで本当に顧問弁護士の業務を回していけるのか」「クライアントとの信頼関係を築くことができるのか」といった疑問を抱くはずである。ところが、藤井氏の顧問サービスに対するクライアントの信頼は厚く、同氏の働き方に対する業界内での注目度も高い。ゆえに、全国各地の弁護士会の研修において、ITツールの活用法やITツールを使った働き方改革に関する講演を依頼されるケースも多いという。

ではなぜ、これまでの常識とは異なる藤井氏の働き方がクライアントに受け入れられ、信頼され、評価されているのだろうか──。以下、藤井氏へのインタビューを通じて、その疑問を解き明かす。藤井氏の話は、柔軟な働き方を望む、さまざまな業界のプロフェッショナルにとって大いに参考になるはずである。ちなみに、インタビューの聞き手は、当サイト『チームの教科書』の編集部が務める。

チャットツールで面談の無駄を一掃

編集部:まずは、いまの働き方に至る経緯について確認させてください。

藤井氏(以下、敬称略): 私は、2007年に弁護士登録をしてから、2015年に独立するまでのおよそ8年間、複数の法律事務所で働いていました。最初に入所した事務所はとにかく忙しく、連日の激務で自分の時間が全く作れませんでした。その後に移籍した法律事務所でワークライフバランスのいびつさを解消したのですが、依然として解消しない問題がありました。それは、弁護士業務の非効率性です。その非効率性をITツールで解消しようと考えたのが、いまの働き方に至るきっかけです。

編集部:ITツールで最も効率化したかった業務は何だったのですか。

藤井:クライアントとの面談です。理由は、この業務が、弁護士の労働時間を長引かせる元凶とも言えるような仕事だからです。

編集部:面談のどの辺りが非効率なのですか。

藤井:まず、面談を行うには日程調整をしなければならず、大抵、それに余計な時間がとられます。また、面談時には、相談相手の心を和らげる“アイスブレーク”的な話から始めて、本題に入り、本題ののちには世間話を交わして場の空気を再度和ませ、それでようやく作業が終えられます。しかも、法律は複雑ですから、口頭の説明だけで話した内容が相手にしっかりと伝えられるわけではありません。ですので、面談後にはなるべく議事録を作成して送付しなければならないのです。

編集部:そうした非効率性を解消するために、どのようなITツールを選択したのですか。

藤井:チャットツールです。面談を効率化するITをさまざまに探す中で、2012年にチャットツールと巡り合い、これならば、面談から非効率な部分を一掃できると確信して、すぐに使い始めました。いまでも、クライアントとのコミュニケーションの95%はチャットツールで完結させていますが、このツールとの出会いで私の働き方が劇的に変わったと言えます。

編集部:確かに、チャットツールを使えば、先ほどおっしゃられた面談の非効率性は解消されそうですね。

藤井:そのとおりです。チャットツールを用いることで、面談の日程調整をすることなく、クライアントからの相談に、いつでも、どこにいても、即時に対応できます。しかも、相談相手とのやり取りは、クライアントごとに用意したグループチャットにすべて記録されますので、議事録を作成する手間も省けます。加えて、アイスブレークも世間話も不必要になるのです。

1年365日相談に対応し、24時間以内にレスポンスを返す

編集部:チャットツールで相談対応が効率化されることは理解できました。ただし、クライアントの中には、安心のために弁護士と直(じか)に会って話がしたいという方もいるのではないですか。また、クライアントとの信頼関係を築くうえでは、直接会って面談を行うというプロセスにも、それなりの意味があるように思えるのですが。

藤井:個人の法的紛争案件を手がける弁護士であれば、そのとおりです。個人の法的紛争案件では、相談者と直接接して、相手の不安や悩みに耳を傾けるプロセスが大切です。

ただ、私は法人向けの顧問サービスを専門に手がける弁護士です。そうした弁護士とクライアントとのやりとりは、効率性やスピードが重視されます。しかも私の場合、クライアントをIT関連企業・組織に絞り込んでいます。IT関連企業・組織は、合理性が何よりも重視されますし、チャットツールでのやり取りがむしろ当たり前です。

そのようなクライアントとの関係づくりにおいて大切なのは、直接会って親密さを増すことではありません。クライアントの要求に対して、いかに確実に、すばやく適切なレスポンスが返せるかどうか、あるいは、約束された期日どおりに成果物が納められるかどうかなのです。

編集部:IT関連企業・組織は当然、ITリテラシーが高いはずですから、その点でも、チャットツールを使ったコミュニケーションは有効に機能しそうですね。

藤井:基本的にはそうなのですが、IT関連企業・組織で働く全ての方が、チャットツールを使ったテキストベースのコミュニケーションが得意なわけではありません。そのため、チャットツールを補完する仕組みとして、Web会議ツールも併用しています。Web会議ツールを使うことで、テキストチャットが苦手な方とも意思疎通が簡単に図れ、コミュニケーションにおける齟齬もありません。

編集部:顧問サービスを展開する中では、他の弁護士とチームを組んでことに当たるというケースもあると思います。そうしたチームでの協働も、チャットツールやWeb会議ツールで回せているのですか。

藤井:ええ、問題なく回せています。例えば、私は裁判対応をしていませんので、クライアントに何らかの紛争が発生し、裁判へと発展した際には、裁判に強い弁護士をアサインします。そして、私が全体のディレクションを担いながら、アサインした弁護士とクライアントとチームを組んでことに当たっています。そのような場合でも、チームのディレクションはチャットツールとWeb会議ツールで問題なく行えています。

編集部:ところで、チャットルーツを介したコミュニケーションでは、いつ、クライアントから相談が寄せられるかが読めないはずです。その中で、相談に対するレスポンスのタイミングを、どのようにルール化しているのでしょうか。

藤井:私の場合、あらゆるクライアントからの相談事や問い合わせに対して、1年365日、24時間以内にレスポンスを返すという原則を設けています。また、実際にも、クライアントからの相談事に対して、数時間以内にレスポンスを返せていますし、相談事の内容が入り組んでいて、24時間以内にレスポンスが返せないような場合でも、その旨を、いつごろまでに回答が出せそうかの見通しを含めて、可能な限りすばやく相手に伝えています。

世界中どこにいてもクライアントからの相談には24時間以内に対応するのが、藤井氏のスタイル。

弁護士のクラウドサービス

編集部:そうしたクライアント対応のスピード感や誠実さが、藤井さんの顧問サービスに対するクライアントの満足感や信頼につながっているわけですね。

藤井:そう考えています。顧問弁護士に対して相談事が発生するというのは、多くの場合、クライアントにとって想定外の事態に直面したときです。そのような事態への対応は早ければ早いほどよく、ゆえに、弁護士が相談に応じてくれるタイミングやレスポンスを返すタイミングは早いに越したことがないわけです。
ところが、顧問の弁護士や事務所に相談を持ちかけても、弁護士が忙しく、面談のスケジュール調整に手間取ったり、相談に対するレスポンスを得るまでに相当の時間を要したりすることも少なくありません。そのような中で、いつでも、どこでも相談ができ、すぐにレスポンスが返ってくる顧問サービスの価値は高く、私の提供している顧問サービスが、クライアントからの信頼と満足感を得られている理由もそこにあります。

しかも、私の顧問サービスでは、料金体系として月額固定のサブスクリプションモデルを採用しています。そのため、一定の上限を超えない限り、クライアントは、いつでも、何回でも、相談ができるわけです。要するに、弁護士に相談を持ちかけるたびに『相当額の料金を請求されるのではないか』と心配する必要はないということです。

編集部:お話しを伺いしていると、藤井さんの顧問サービスは、弁護士の機能をサービスとして提供するクラウドサービスと言えそうですが。

藤井:ええ、クライアントからもそう評されていますし、そう評されることは嬉しいですね。

仕事と生活の混然一体

編集部:クラウドサービスのような顧問サービスを、1年365日体制で提供し続けるというのは、大変ではないですか。藤井さんご自身は機械(ITツール)ではありませんし、私生活もあるわけですから。

藤井:いまの仕事が人から命じられてしていることだとしたら、続けるのはまず無理だったでしょうね。ですが、いまの仕事のやり方は自分で決めたことですし、私は自分の仕事と生活とを切り離してとらえていません。ですので、日々を過ごす中で、オンとオフの切り替えを意識したことも、365日体制でクライアントに対応することが大変だと感じたこともないのです。

編集部:仕事と生活とを切り離していないというのは、どういうことですか。

藤井:いまの仕事は、私の生活と完全に同化していて、生活と仕事が混然一体の状態にあるということです。例えば、海外を旅することも、弁護士としてクライアントに対応することも、私の中では同じく楽しいことです。旅先でクライアントからの相談事に対応することを、旅先で風景を眺めるのと同じように楽しんでいます。

編集部:ということは、旅と同じく仕事をするのが好きなのだと。

藤井:そうですね。私は自分のクライアントをIT関連企業・組織に絞り込んでいますが、理由は、昔からITが好きで、その普及や発展に取り組む企業のビジネスをサポートできることが楽しいからです。例えば、仲の良い友人から自分の得意な分野に関する質問が来たら、自分の知識や知恵を総動員して、ベストな答えを即座に返そうとするはずです。私が普段の仕事でやっていることは、まさに、それと同じことです。

働き方の自由を手にするために

編集部:藤井さんのお話しからは、自分の好きなことで身を立てられなければ、藤井さんのような自由な働き方は手にできないとの印象も受けますが。

藤井:そうかもしれません。また、そもそも会社組織に勤めていると、働く時間や場所の制約を受けますから、私のような働き方は難しいかもしれません。そうなると、独立・開業することが必要となりますが、これだけ不確実な時代ですので、自分のしたこと、決めたことに対して、すべての責任を背負う覚悟と準備が必要です。また、プロフェッショナルとして一人でやっていけるだけのスキルの土台もなくてはなりません。私にしても、事務所勤務で大いに揉まれ、仕事と日夜格闘した時代を経験したからこそ、いま、好きな仕事で身を立てられているとも言えるのです。

編集部:あえてまとめてしまうと、ITツールを使うだけで働き方の自由が手にできるわけではなく、さまざまな条件がそろわないと実現は難しいということですね。

藤井:ITツールはあくまでも道具です。それを使って働き方の自由を得ようというマインドと、自由に働くためのスキルが必要になります。そして私は、もっと多くの弁護士がITツールによって働き方を変えることが重要だと思います。

編集部:それはなぜですか。

藤井:弁護士の多くが、日々忙しく仕事をしていますが、ITをもっとうまく活用すれば、そうした状況から確実に抜け出せると思うからです。

弁護士の中には、まだまだアナログで、チャットツール以前にメールすらあまり使わず、クライアントとの意思疎通や書面のやり取りに、面談や電話、FAXを使用している人も少なからずいます。もちろん、取り扱う案件やクライアントの属性によって、完全にオンラインで対応することは難しいですが、少なくとも事務所メンバーとのやり取りや法人クライアントとのやり取りは、ある程度オンライン化することができるはずです。まずはその辺りからITで変えていくことで、労働時間は減らせるはずです。

編集部:そうした中で、藤井さんの水準にまで、ITツールの活用レベルを引き上げるには、何から始めるのがよいのでしょうか。

藤井:大切なのは、できるところから小さく始めてみることです。自分たちの全ての業務をいきなりデジタル化するのではなく、4分の1程度をデジタル化することを目指して、ITの活用を始めてみます。それによって、小さな効率化を成果として積み上げていきながら、システム化の適用範囲を徐々に広げていく。それが成功への早道だと思います。