著者   :ハロルド・ジョージ・メイ
出版社  :時事通信社
出版年月日: 2019/12/17

辣腕のプロ経営者が示す経営論

本書は、企業の経営者、あるいは経営者を目指すすべてのビジネスパーソンに向けた一冊だ。著者は、2018年5月に新日本プロレスリング代表取締役社長兼CEOに就任したハロルド・ジョージ・メイ氏である。

同氏は、1964年にオランダで生まれ、父の仕事の関係から8歳で来日。以来、日本やインドネシアで少年期を過ごし、米国の大学を卒業したのちにハイネケン・ジャパンに就職した。そこから、日本リーバ、サンスター、日本コカ・コーラなどでキャリアを積み、日本コカ・コーラでは副社長としてマーケティング部門をリードした。のちにタカラトミーの代表取締役社長兼CEOに就任すると、停滞気味だった同社の業績を上昇軌道に乗せ、経営のプロとして一躍世間の注目を集めることになった。その氏が今度は、プロレス業界に身を投じ、新日本プロレスリング社で経営のタクトを振るい始めた。結果として、同氏への注目度はさらに高まり、そうした中で刊行されたのが本書となる。

本書の内容は、著者の生い立ちや学生時代の出来事を振り返る第1章に始まり、続く各章でマーケティング論や経営論、組織論が展開される。すべての論が、実績に裏打ちされたものであるので説得力は十分にある。

2つのビジネス感覚

著者は、ビジネスキャリアのほぼすべてを日本で積んでいる。その意味で、日本のビジネスパーソンと言えるが、もともとはオランダ人であり、大学は米国。ゆえに海外と日本の2つのビジネス感覚を持ち合わせ、状況に応じて日本語と英語を巧みに使い分けることもできるようだ。

本書の記述によると、日本語で物事を考えたり、述べたりしていると、マインドセットまで日本人的になり、気づくと電話口の相手にお辞儀をしていたりするという。それに対して、英語でのビジネス交渉では、へりくだる感覚や、婉曲表現を使おうとするマインドは一切消え失せ、よりストレートにモノが言えるとのこと。言語は思考の道具であるので、言葉の違いが思考の違いになるのは当然と言えるが、そのことを理論ではなく肌感覚としてつかめている点は、著者が、日本企業と外資系企業でともに実績を積み上げてくることができた理由の一つかもしれない。

「リカちゃん」復活の手法も分かる

著者のもともとの専門はマーケティングだ。マーケティングについては相当の自信を持ち、理論家でもあり、実績も上げている。

本書では、そうした著者のマーケティング論が、成功例を織り交ぜながら、ブランディング、新市場開拓、SNS活用、POP広告、プロモーションといったジャンルに分けて説明されている。その内容はシンプルで実践的なので、マーケター(特に、B2Cマーケティングの担当者)にとっては参考になるはずである。加えて、著者は、タカラトミーの「リカちゃん(人形)」の人気を復活させたことでも広く知られている。その復活の裏側で、どのような理論に基づくマーケティング思考が働いたかを知るだけでも一読の価値はあるのではないだろうか。

組織の強さは人のパッションと共感

マーケティング論に続く本書の後半では、経営や組織のあり方の説明にページが割かれている。内容は、外資系企業と日本企業を渡り歩き、キャリアを積んできた著者ならではの視点で、日本の経営/組織の強みや課題を分析しながら、あるべき姿を説くというものだ。

その経営論の冒頭、著者は、プロの経営者という自身の役割がどのようなもので、そこにいかなる難しさがあるかを、経営者のタイプを「創業家タイプ」「内部昇進タイプ」「外部招聘タイプ(=プロ経営者)」の3つに分けながら説明している。

著者によれば、外部招聘タイプの経営者は、内部昇進タイプとは異なり、組織内でのしがらみがないゆえに思い切った改革が断行しやすく、社外の人脈も活用しやすいという。その反面、組織内での支持や信頼を獲得するために相応の努力と時間を要するほか、短期間で実績を上げなければならず、かなりの重圧も受けるという。もっとも、経営者とは本来、自組織の業績に責任を持たなければならず、業績が悪くても責任が問われないような経営のあり方は間違っているとも指摘している。

一方、組織については、会社の要(かなめ)は人であり、会社で働くすべての人の能力を最大限に引き出すこと、また、それぞれの分野のエキスパートが、事業のゴールや目的を共有し一枚岩になることが最も重要であると著者は主張している。要するに、著者は“共感経営”を志向しているというわけだ。そのため、人に仕事を割り振るときは、その仕事に対するパッション(情熱)を重視し、それが“適材適所”の人材活用につながるとしている。

本書ではさらに、著者が新日本プロレスリングの経営トップに着任したいきさつや、同社での取り組みについても語られている。著者は日本で少年期を過ごす中でプロレスファンとなり、以来、プロレスファンであり続けてきたという。ゆえに、現在の仕事に対する情熱は高く、自身の仕事人生の残りを、新日本プロレスリングの経営に注ぎ込む決意であるようだ。ただし、現職への誘いを受けたとき、多少のためらいがあったともいう。理由は、プロレスへの強い愛着が、経営者としての適切な判断を鈍らせるおそれがあり、それを不安視したからだ。この辺りの記述からも、プロ経営者としての著者の冷静さとこだわりが読み取れる。

日本企業では、創業家タイプ、あるいは内部昇格タイプの経営者が多く、著者のような外部招聘タイプの経営者は少ない。また、歴史ある日本企業の場合、自分たちの企業文化、事業、製品/サービスのことをよく知らない人間に経営は任せられないという意識も根強くあるように思える。ゆえに、業績が傾き、よほどの改革に迫られないと外部からプロの経営者を招聘しようとは考えず、また、招聘されたプロの経営者も、企業の再建はそう簡単には成しえないので取り組みが失敗に終わるケースが多くあったのではないだろうか。

ただし、経営が学問(あるいは、科学)として成立している以上、そこには普遍性や再現性もあり、経営を外部のプロに委ねることは、合理的な会社運営方法の一つだ。著者の成功はその証明とも言える。

とはいえ、著者の成功によって、日本におけるプロ経営者の活用が一般化するとも思えない。というのも、著者の生い立ちやキャリア形成のあり方がレアケースで、その成功が『メイ氏だからこその属人的な成功談』に終わってしまう可能性が高いからである。とはいえ、ビジネスパーソンとして大切なのは、本書を『論』としてマーケティングや経営に活かすことである。とすれば、著者の生い立ちや経歴のことは少し脇に置きながら、純粋に著者のどのような行動と能力、手法が成功につながったかだけを学ぶ姿勢が大切なのかもしれない。