在宅勤務に踏み切る前に
多くの企業がそうであるように、アトラシアンでも、(私を含めて)フルタイムで在宅勤務をしている人と、家にいる必要がある時だけ在宅勤務をする人が存在しているが、先日、500人の社員が一週間リモートワークを試してみた。以下、リモートワークを行った社員に対するヒアリングや私自身の体験から知りえた「在宅勤務の極意」を紹介したい。在宅勤務をワークスタイルの選択肢として検討されている方には、ぜひ、お読みいただきたい。
極意1:自宅の中に仕事専用のスペースを確保する
この最初の極意を見て、「そんなの当たり前じゃないか」と思う方が大勢いるはずである。
そう、おっしゃるとおり、これは当たり前のことである。ただし、これをしないと在宅勤務は始められない。というのも、オフィスで働く場合と同じように、在宅勤務でも「働くモード」への切り替えがとても大切だからだ。その切り替えをしっかりと行えるようにするには、自宅のどこかに仕事専用の固定的なスペースを設ける必要があるのである。
「私の自宅はそれほど広くないが、仕事用の机は他から切り離し、仕事にしか使わないようにしている。要は“ミニオフィス”というわけ」と、在宅勤務でマーケティングマネジャーの職務をこなすマイルズは語り、さらに、こう続ける。「正直に言えば、仕事専用の固定スペースがないと自宅では仕事に集中できない。キッチンテーブルの片隅でも、ソファの上でもいいから、とにかく仕事にしか使わない一角を設けること。それが大切だと言い切れる」
極意2:自分のペースを守る
例えば、コーヒーを注ぎにオフィスのキッチンに向かい、同僚たちと少し立ち話をして、自席に戻る─。オフィスで働いていると、そんな10分程度のインターバルが貴重なものだとは気づかない。ところが、在宅勤務を始めると、仕事のペースを整えるうえで、そのインターバルがいかに大切だったかが良くわかる。というのも、在宅勤務では、どのタイミングで、どの程度の息抜きの時間を挟めばいいかが分からず、仕事のペースをなかなかつかめないからである。
私は在宅勤務を始めた当初、1週間の最初の3日間で、その週のタスクをすべてこなしてしまうという働き方をしていた。なぜならば、自宅の場合、仕事の中断を余儀なくされる出来事が少なく、その気になれば猛烈な勢いでタスクが処理できてしまうからである。
ところが、そんなふうに働くと、必ず4日目の木曜日には“ガソリン切れ”の状態になり、仕事をする気力が一向にわかなくなる。そして翌日の金曜日も体力・気力が元に戻らず、低い生産性のまま一日を過ごすことになる。
一週間の仕事は、陸上競技に例えれば、マラソンのようなものだ。週の前半に張り切り過ぎると間違いなく後半にばてる。それを学んだ私は、オフィスにいるときと同じように、一日の労働の中に必ず5分~10分の休憩を幾度か挟むようにした。そうすることで在宅勤務のほどよいペースがつかめるようになったのである。
ちなみに、私の同僚のクレアは、私のやり方とは少し違う方法で、在宅勤務のペースを守っている。「私は、昼食後の仕事前と午後の早い時間、そして仕事終わりに犬の散歩に出ることにしている。これは、すごくいい気分転換になる」(クレア)。
言うまでもなく、犬の散歩はヘルシーでもある。そう、在宅勤務もスタミナが勝負。10回の腕立て伏せをする、ヨガのポーズで静止する、ギターを思いっきり奏でながら歌う──。そんなヘルシーなインターバルを挟みながら、仕事のペースを守っていくことをお勧めしたい。
極意3:自分の状態をしっかりと認識する
在宅勤務というワークスタイルを選ぶ人の中には、「純粋に自宅にいるのが好きなタイプ」と「自宅で仕事をするというアイデア自体が好きなタイプ」がいる。ただし、このいずれのタイプの人も、在宅勤務に慣れるまでには相応の時間がかかる。
「在宅勤務は、仕事を始めるのも、一日の終わりに仕事を中断してやめるのも意外と難しく、慣れるのに苦労した」と語るのは、「Bitbucket」開発チームのエンジニアであるジムだ。彼はこう続ける。「もう一つ、在宅勤務でつらいのは孤立しているように感じること。それにも慣れないとね。」こうした孤独感は、在宅勤務者なら誰もが抱く感情なので、そう感じることを受け入れれば良い。
もちろん、在宅勤務者には、オフィス勤務に戻るという選択肢もあるが、場合によっては、それが選択できないこともある。その場合でも、自分の状態をしっかりと認識することで、在宅勤務の溝に足をとられるリスクは回避できる。
例えば、孤独感を感じているならば、チームとのつながりを維持するための戦略をいくつか考え、どれが自分の集中力を維持するのに有効か、あるいは、集中の妨げになるかを見定めることが大切である。いずれにせよ、チーム内でのオープンな対話に定期的に加わるようにすれば、チームとのつながりは維持できる。
反対に、在宅勤務が自分に合っていると感じるなら、そもそもなぜ自分は在宅勤務を志向したかの理由を振り返りながら、自分が当初思い描いた働き方を実現することに注力すべきである。
極意4:食料をしっかりとストックしておく
世の中には、会社が従業員の特典として供するような“洒落た食事”に慣れた(というよりも、スポイルされた)人たちがいる。こうした人が在宅勤務を始めると、自分の入れたコーヒーや自分で用意した昼食・スナックなどに不満を抱くことがよくある。よって、この辺りは調整が必要である。
例えば、カスタマーサポートアナリストのオルフェスは、「自宅で働く場合には、(誰が支払うかは別として)スナックには十分にお金を使ったほうがいい」とアドバイスする。彼は、週の2~3日間だけ自宅で働くという勤務形態を選んでいる。
一方、昼食にも少しこだわりたい人─例えば、昨晩の残りモノをレンジで温めるよりも多少手の込んだ昼食を食べたいと考える人は、そのための準備と食後のかたづけを在宅勤務のルーチンワークの中にきちんと組み入れてスケジュールしておくべきである。
ちなみに、最も効率的なのは、毎週月曜日の朝に一週間分の食料・食材を買い込んでおくことだ(近所のストアに散歩に出ることを日課にしている場合を除き)。
ただし、この買い出しで留意すべきことが一つある。それは、在宅勤務はオフィスワークよりも座ったままで仕事をする時間が総じて長くなるという点だ。要するに、在宅勤務はオフィスワークよりも日々の運動量が減りがちになるのである(通勤もないので)。したがって、クリームをサンドしたようなクッキーの購入は控えたほうがいい。そう、メタボ化にはくれぐれも用心すべきなのである。
極意5:オフィスでの服装と同じ仕事着に着替える
在宅勤務の際には、オフィスにいるときと同じ服装で仕事をするよう心がけるべきだ。もちろん、完璧なスーツ姿で仕事をする必要はない。ただし、オフィスでは絶対しないような服装、例えば、パジャマ姿やジャージ姿で仕事をするべきではない。
なぜ、着替える必要があるかと言えば、一つは、在宅勤務中にビデオコールで呼び出されることがあるためだ。また、より大切なポイントとして挙げられるのは、仕事着に着替えることで、仕事モードへの意識の切り替えがスムーズになる点である。
とはいえ、仕事着に着替えるだけで仕事の前準備が終わるわけではなく、可能な限り、オフィスへ向かうときと同じルーチンを採用したほうがいい。ちなみに以下は私のルーチンである。
午前6:00:起床、歯を磨き、軽いエクササイズで汗を流す
午前7:00:子供たちを起こして、朝食を食べさせ、のちにコーヒーを入れ、シャワーを浴びて、仕事着に着替える(もちろん、髪を整えてメイクもする)。娘のヘアセットを手伝いつつ、部屋に落ちているレゴをかたづける。
午前8:00:息子を学校に送り出す。
午前8:30:仕事スタート
こうした儀式は、意識の切り替えに最低限必要な作業である。ここでの重要なポイントは、仕事モードになるための、自分なりのルーチンを見つけ出し、それを継続することだ。
「朝のルーチンは、仕事に臨む心の準備を整えるうえで必要不可欠だと思う。私の場合は、それによって在宅勤務の生産性を維持している」と250名のエンジニアグループをリードするキャメロンは言う。
極意6:切れがちなビデオ会議に打ち勝つ
過去数年来、在宅勤務者の多くは、出来の悪いビデオ会議システムとの格闘を強いられてきた。そのせいもあり、オフィスにいるチームメイトとのビデオ会議の時に焦ってしまうリモートメンバーも珍しくない。
ただし最近では、Googleハングアウトや Zoom、あるいはBlueJeansなど、クイックに会議が始められて映像・音声の品質も良好なビデオ会議ツールが登場し、状況はかなり好転している。
「最近のビデオ会議ツールは出来がいいので、メールやメッセージングツールを使うよりも効率的に意思疎通が図れて便利よ」と、開発ツール担当マーケターのアリスは言う。
確かに、フェースツーフェースでのインタラクティブな対話は、ともに働く同僚たちとの関係構築に有効である。
とはいえ、ビデオ会議ツールを、電話のような感覚で使い、オフィスにいるチームメイトとのアドホックなミーティングが行いたいと考えるならば、オフィスのメンバーたちに多少のレッスンが必要になる場合がある。というのも、オフィスメンバーは、“会議”という言葉を聞いた瞬間に、“空きの会議室”を探そうとする習性があるからである。ただし、それは時間の無駄使いに過ぎない。
そもそも、ビデオ会議ツールによる会議を会議室で行う必要はない。仮に、オフィスの自席でビデオコールを受け取ったならば、迷わず、その場で会議を始めればいい。「それでは、周囲に迷惑だろう」と考える人もいるが、それは間違いである。例えば、あなたが同僚のいる席にいき、そこで対話を始めたとしても、周囲はそれを迷惑だとは感じないはずである。それはビデオコールについても同じだと考えるべきだ。
一方、ビデオ会議の中では、在宅勤務者は、ついついプロフェッショナルとしてのオーラ、あるいは「仕事をしているぞ感」を出そうと身構えてしまう。ただし、チームメイトとのビデオ会議では、そのような演出は一切不要で、かえって不自然である。ビデオカメラの前を飼い猫が横切ろうと、自宅のドアのベルが鳴ろうと気にする必要はなく、いつもの自然体でいいのである。
ちなみに、私の子供たちは、海外のチームメイトからの夜のビデオ会議に“出演”したがるので、私はそれを許している。理由はシンプルで、そうすることでチームメイトたちが喜ぶからである。もちろん、この辺りの感覚は人によってさまざまだと思うが、海外のチームメイトにとって、自宅にいて、夜を過ごしている他国のチームメイトにビデオコールをかけるというのは、気が引けるし、緊張もする。また、それが分かっていながらビデオコールをしなければならないとすれば、話の内容は大抵シリアスで緊急性も帯びている。そうした緊張感を、無邪気に和らげてくれる“アイスブレーカー”は、ありがたい存在なのである。
在宅勤務で初めて気づいたポイント
私は、在宅勤務を始める以前から、いわゆる「自宅作業」は何度も行った経験があった。ただし、在宅勤務は、自宅作業とはまったく異質なワークスタイルで、新しい発見がいくつもある。以下、それらの中から、お伝えしたいポイントを整理して紹介する。
- 部下に辞められるよりも、リモートで働かせるほうが上司は楽:このポイントを知っておくと、自分の上司に在宅勤務の希望を伝える勇気がわいてくるはずである。実際、在宅勤務の希望を部下から伝えられて、大喜びする上司はいない。ただし、だからと言って、その部下を辞めさせてしまうと、代わりの人材を確保するためにリクルーティングを行い、面接を行い、採用者を決めて、雇用手続きを行うなど、数々の面倒な作業が待ち受けている。そんな苦労をするぐらいないなら、部下の在宅勤務を認めてしまうのが得策なのである。
- 人事や税の観点から言えば、在宅勤務への対応には多少手間がかかる:米国の場合、企業は自社の正社員が働くすべの州で税務登録を行う必要がある。それゆえに、社員の在宅勤務を認める地域を、オフィス(本社・支所・営業所など)をすでに構えている州のみに限定しようとする企業は少なくない。また、福利厚生の管理も、多くの保険会社が地域ごとに運営されているので複雑になる。さらに言えば、勤務する地域によって給与が調整されるので、在宅の場合は家の場所が基準となる...と、これらすべてを解決するには時間も労力もかかる。したがって、仮に、在宅勤務の希望を告げた際に、会社側が難色を示したとしても、彼らには決して悪意があるわけではなく、単純に実用性を求めているに過ぎないと考えたほうが無難である。
- 在宅勤務には“隠れたコスト”がある:在宅勤務には高速でパワフルなインターネット通信が必須で、その分の費用がかかる。また、コーヒー、スナック、食材などを調達する費用・時間もばかにならない。加えて、自宅の光熱費もオフィス勤務のときより当然高くなる。大抵の場合、こうしたコストアップは、通勤に必要だった車のガソリン代や交通費で相殺されることになるが、通勤費用の補助を会社からもらっていた場合には、在宅勤務への移行で日々の暮らしのコストは上がるはずである。
- ルームメイトやパートナーとの仕事場のシェアには失敗のリスクがある:仕事場のシェアには、前述した「孤独感」を和らげる効果が期待できる。ただし、自宅での仕事場のシェアはうまくいかない場合が多い。
実のところ、私の夫も在宅勤務者で、現在の自宅に引っ越す際には、2人でシェアできる仕事場のある家を選択した。そして、私が在宅勤務を始めたときには、自分たちの選択に誤りはなかったと悦に入っていたのである。ところが、私が在宅勤務を始めてからすぐに、夫は自分の仕事場を自宅内の他所に移した。理由は、仕事部屋の温度設定を巡って2人の意見が対立し、平行線をたどったからである。また、両名ともにミーティングでは発言が多い点も一因としてあった。ともあれ2人は現在、50フィートほど離れて仕事をしており、仕事中は互いの姿はまったく見えず、対話はもっぱらチャットツールで行っている。哀しい話だが、それが現実である。 - 外向的であることは、在宅勤務者のプラスになる:オフィスにいるチームメイトたちとのつながりを維持するカギは、結局のところ、コミュニケーションである。そのため、外向的であることは大切だ。また、そうすることで、対人関係の構築・維持という、人が生きていくうえで大切なスキルも磨ける。つまり、一石二鳥の効果が期待できるのである。
- 在宅勤務者との会議は、参加者全員が「ツールで参加」が良い:オフィスいるメンバーと在宅勤務者が参加する会議では、ときおり、オフィス組が全員会議室に集まり、リモートメンバーだけがビデオ会議ツールを使って参加するというスタイルがとられる。ただし、こうすることで、リモートメンバーが対話から置き去りにされ、会議に貢献できなくなる可能性が高まる。
したがって、よほどの事情がない限り、在宅勤務者をリモートから参加させる会議では、参加者全員が自分のPCとビデオ会議ツールを使って会議に参加するべきである。また、こうすることで、全員が「自分が話したいときには挙手をする」「相手の話を聞いてから、自分の意見を述べる」というルールを自然に守るようになり、誰か一人が会議を支配してしまうという間違いも起こりにくくなる。
在宅勤務はすべての人に最適なわけではない
アトラシアンでは、従業員が在宅勤務を一週間体験する「WFH(Work From Home)週間」を実施した。従業員全員が、その一週間を最高に感じたと言いたいところだが、実はそうではない。例えば、マーケティング部門のマックスは、「これまでで最高の一週間だった」と評価しているが、プロダクトオーナーのメアリーは、「大人との雑談ができなくなって苦労の連続(家での雑談といえば子供との会話になるため)。切り抜けるのが大変だった」と明かしている。また、テクニカルアカウントマネジャーのアダムはこう述べている。
「リモートワークをしていると、チームの仕事から実に簡単に置き去りにされてしまう。それを肌身で感じることができ、在宅で働く同僚への理解が深まったという点で、有意義な一週間だった」