日本各地にいる、重度の身体障害者が、東京のカフェでともに働き、給仕をする――。そんな不可能を可能にするテレワークの公開実験が「分身ロボットカフェ」だ。この試みは、テクノロジーの新たな可能性を示すものとして広く一般の注目を集めてきた。果たして、この実験によって、どのような成果が得られたのか。プロジェクトを推進しているオリィ研究所代表の吉藤健太朗氏に、その成果と背後にある思い、そして展望を聞いた。

孤独化を生む障害の壁をテクノロジーで乗り越える

オリィ研究所の「分身ロボットカフェ」は、身体的な障害から外出が困難である人、あるいは寝たきりの人に遠隔から分身ロボットを操縦してもらい、カフェで働いてもらうという、世界に例を見ないテレワークの試みだ。試みに賛同した企業やクラウドファンディングなどから集めた資金を元手に、2018年11月と19年10月の2度にわたってカフェの公開実験が行われた。

実験には、オリィ研究所が開発した分身ロボットで、遠隔操作による給仕が行える「OriHime-D」や、目の動きだけでコンピュータが操作できる視線入力装置「OriHime eye」が使用され、初回の公開実験では、10人の外出困難者がOriHime-Dなどを遠隔操縦するOriHimeパイロットとして働き、1日4時間/10日間のオープンで1000人近くの来店を記録したという。その改良版の公開実験「分身ロボットカフェDAWN ver.β2.0」では、実施に際して総額1000万円強の資金がクラウドファンディングを通じて集まり、19年10月7日〜23日のうち13日間で展開された。

大型のORIHIME-Dと小型のORIHIMEはともに客と雑談を交わすなど接客をする(オープン初日の10月7日)

プロジェクトを推進するオリィ研究所は、「人間の孤独の解消」をミッションとするハイテクベンチャーだ。分身ロボットカフェは、同社の代表で少年期に引きこもりによる孤独も体験した吉藤健太朗氏と、同氏の今は亡き親友で、寝たきりだった番田雄太氏の構想を具現化させたものであるという。

吉藤 健太朗(よしふじ けんたろう)

株式会社オリィ研究所代表、ロボットコミュニケーター。1987年、奈良県生まれ。株式会社オリィ研究所 代表取締役所長。小学校5年から中学校2年まで不登校を経験。工業高校にて電動車椅子の新機構の開発を行い、国内の科学技術フェアJSECにて文部科学大臣賞、ならびに世界最大の科学大会ISEFにて優秀賞3等を受賞。のちに、高専で人工知能の研究を行い、早稲田大学創造理工学部へ進学。在学中に分身ロボット「OriHime」を開発し、オリィ研究所を設立。米Forbesが選ぶアジアを代表する青年30人「30 under 30 2016」などに選ばれる。現在はデジタルハリウッド大学院で特任教授も務める。

番田氏は、幼少期に自動車事故で脊椎を損傷し、以来、手足の自由が利かなくなり、約20年の長きにわたって寝たきりの状態を余儀なくされていた。こうした障害を抱えていると、社会への参加機会、あるいは社会での居場所が奪われ、孤独になっていくのが通常だ。しかし、番田氏は、ネットを通じた吉藤氏との出会いをきっかけに、吉藤氏の講演パートナー兼秘書の役割を担うようになり、のちには、オリィ研究所の契約社員となり、OriHimeを介して同社に“常駐”で勤務した。そのなかで、同氏は、秘書として給仕の仕事もこなすべく「OriHime-D」の開発を発案し、開発を成功へと導いた。

それを契機に、寝たきりの障害者の社会進出と孤独解消を後押しする試みとして、吉藤氏と分身ロボットカフェを構想したのだ。その構想がかたちとなり、2度にわたる公開実験を終えた今、吉藤氏は、どのような成果を手にし、いかなる未来を見据えているのだろうか─―。以下、吉藤氏に対するインタビュー内容を一問一答の方式で報告する。

親友の番田雄太氏と(CAMPFIREのWEBサイトより)

出会いとリクルーティング

――まずは、分身ロボットカフェの手応えからお聞きかせください。

吉藤氏(以下、敬称略):過去2回のカフェはあくまでも実験の場ですので、2回目の「分身ロボットカフェDAWN ver.β2.0」にしても、改良すべき点が多く見つかりました。ただし一方で、想定を超える成果も数々に手にできたと感じています。

――その中で特に大きな成果、あるいは発見と言えるのは何でしょうか。

吉藤:一つは、OriHimeパイロットの何人かがリクルーティングされたことです。

――要するに、他の仕事への勧誘があったということですか。

吉藤:そうそう、つまりは引き抜きですよ(笑)。通常のカフェとは異なり、分身ロボットカフェでは、お客さまが店員と話す時間が比較的多く取れて、店員と連絡先を交換するのも自由です。その中で、この店員─―つまりは、OriHimeとパイロットのペアならば、自分の会社の受付や、お店の店員として十分に活躍できると判断したお客さまが、パイロットに「うちで働かないか」と勧誘するケースが見られたわけです。パイロットの一人は、すでにケーキ店にトライアル雇用され、ケーキを売っていますね。

――すごいですね。

吉藤:ええ、私も驚いています。言うまでもなく、OriHimeパイロットは全員、重度の障害を抱えていて外出すらままならず、カフェでの接客経験なんてなかった人たちです。そうしたパイロットによる分身ロボットの遠隔操縦で、ちゃんとした接客ができるのだろうかと、実験を始める前は正直不安でした。ところが蓋を開けてみると、ちゃんとした接客どころか、“引き抜き”されるほど、巧みな接客ができてしまう。想像を超える出来事でしたね。

分身ロボットが生むチームの一体感

――そのような勧誘が起こるということは、分身ロボットが人と人とを結ぶ媒介としてしっかりと機能する証明とも言えますね。

吉藤:そう考えています。分身ロボットカフェの大きなテーマの一つは、ロボットを媒介にした人と人との“出会い”は成立するのかという点でした。それが成立すれば、分身ロボットカフェのような場を用意することで、外出の困難な障害者にとって、これまでにはあり得なかったような多くの人との出会いが創出できますから。

――その出会いが実際に引き起こされたということですね。またそれは、分身ロボットが、文字通り「人の分身」として機能しうることを示しているようにも思えます。

吉藤:そうかもしれません。実際、カフェの実験を通じて、OriHimeパイロットたちの間でチームとしての一体感が生まれましたから。

――それも興味深い点ですね。

吉藤:実のところPCなどを使った通常のテレワークでも、寝たきりの障害者が遠隔にある会社の仕事に参加できますし、チャットやビデオ会議などを通じて同僚たちと対話もできます。ただし、それだけだと、他の同僚たちと一緒に働いている感覚や、組織への帰属意識、あるいは組織のなかで自分が必要とされている感覚がなかなか得られないんです。ところが、分身ロボットを通じて同じ物理空間を共有しながらともに働いていると、遠く離れた場所にいる同僚たちがとても近くに感じられ、チームへの帰属意識や、チームとしての一体感、さらには、何かを一緒に成し遂げたという感覚が生まれやすくなるようです。

――まさに、チーム構築ですね。

吉藤:そうです。実際、OriHimeパイロットたちは普通に雑談を交わしていましたからね、仕事中に(笑)。そのような自然な対話やつながりは、一緒に働いて同じ苦労を体験したからこそ生まれるもので、ビデオ会議で人と人とを結んで、「さあ、対話してください。仲良くなってください」といったところで絶対に生まれないものです。

――お話を聞いていると、分身ロボットそのものにも、人同士の対話を活性化させる力があるように感じますが。

吉藤:確かに、それもあります。対面で話すのが気恥ずかしくて苦手な人も、分身ロボットを介することで人と自然に対話できますから。

――それ以外にも、分身ロボットには単なる人の分身以上の能力が期待できると思いますが。

吉藤:もちろん、そうです。例えば、自分の分身ロボットが障害物を自動的によけながら店内を縦横に動き回れるとすれば、視覚障害の人も安心して働けます。また、人が発する言葉をリアルタイムにテキスト化する機能が備わっていれば、聴覚障害の人も難なく接客できますし、外国語の翻訳機能があれば、誰でも、海外のお客さまに対応することが可能になります。

さらに、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の人は、病気の進行によって自分の声でしゃべれなくなります。それを見越して、自分の声をデータとして残し、分身ロボットで再生できるようにしておけば、自分は声を失っても、分身ロボットが自分の声で話し続けてくれます。これも、ロボットの分身だからこそ実現できることです。

インタビューに応じる吉藤氏

最後まで生きがいを感じるために

――分身ロボットカフェは、2020年での常設を目指していると聞きしました。それも踏まえて、これからの展望についてお聞きしたいのですが。

吉藤:人の孤独を解消することが、私の人生のミッションであり、私の会社の使命です。ですから、分身ロボットカフェが目指すゴールも究極的にはそこにあります。

――人の孤独と、障害とはどう関係するのですか。

吉藤:人の孤独化は3つの障害によって進行します。一つは、身体がうまく動かせず、移動ができない「移動の障害」です。2つ目は、身体的、あるいは精神的な理由で周囲との意思疎通がうまく図れない「対話の障害」で、3つ目は、社会における居場所/存在理由が見いだせない「役割の障害」です。

――3つの障害はどれも、重度の身体障害者の方が、直面している問題ですね。

吉藤:ええ、そうです。例えば、手足の自由が利かず、寝たきりの人たちは、車椅子を使ったとしても自力で移動できません。そのため、大多数が、学校で学ぶ機会や会社で働く機会、さらには多くの人と出会う機会を持てずにきました。何しろ、今の社会は、身体至上主義で「身体が動くこと」「移動できること」を前提に、全ての仕組みが設計されていますから。

結果として、寝たきりの人は、社会における自分の居場所が見つけられず、孤独感に悩まされ続けるわけです。私は少年期に引きこもりになり、居場所を失って孤独を味わいましたが、それは本当につらいことなんです。

――そうした孤独の解消に向けて、移動、対話、役割の障害をテクノロジーで解決する試みが分身ロボットカフェということですね。

吉藤:その通りです。移動・対話の障害が解決できないというのは、テクノロジーの敗北にすぎません。それは、テクノロジーの進化や使い方の創意工夫によって、必ず解決できる問題なんです。

――とすると、「障害」とは、テクノロジーによる「未解決の領域」であるとも言えそうですが。

吉藤:ですから、障害とは、世界の誰も解決できていない最先端の研究テーマであると言えますし、障害に打ち勝とうとする努力は、世界で最も進んだ試みとなりえるわけです。事実、OriHimeパイロットも、オリィ研究所も、世界の誰も体験したことのない最先端のテレワークに挑み、世界の誰も経験したことのない成功と失敗を体験しています。その体験は、今後の大きなアドバンテージにつながるのではないかと考えています。

――その最先端研究・開発は、これからも長く続けていくということですね。

吉藤:そうしたいと強く願っています。いずれは、私たちの誰もが高齢化によって、移動の障害と突き当たり、社会での居場所を失い、孤独になる可能性があります。私は、二度と孤独の苦しみを味わいたくありませんし、他の人もそうでしょう。だからこそ、そうならないためのソリューションの研究・開発が必要なんです。そして、その研究・開発の取り組みに命がけで協力してくれる最高のパートナーが、OriHimeパイロットたちにほかならないということです。

――そう考えると、OriHimeパイロットの方々は、私たちの、のちのあるべき生き方やテクノロジーの使い方を一足先に体験し、洗練してくれる先輩たちと言えそうですね。

吉藤:ええ、まさに先輩です。ですから、私はいずれ、働き方と生き方の教えを乞うつもりです。人生の最後まで、生きがいを感じていたいですから。