アトラシアンには、働き方改革のエキスパートが多くいる。その一人が、ワーク フューチャリストのドム・プライス(Dom Price)だ。彼は企業組織のリーダーに向けて、変革のためのメッセージをコラム形式で発信し続けている。この連載では、そのエッセンスをお伝えしていく。

「失敗(fail)」のバズワード化にもの申す

日本でもそうなのかもしれないが、最近の米国では、『失敗(fail)』という単語がバズワード化している。例えば、イベントのバナー広告やブログ記事の見出し、オフィスに貼られているポスターに目を投じると、やけに『失敗』『早く失敗する(fail fast)』といったワードが目につく。

もちろん、何を言いたいのかは分かる。だが、少し『失敗』というワードが流行りすぎで、この言葉の背後にある肝心のメッセージが伝えられていないように思える。そもそも、『失敗』することが大切なのではない。本当に重要なことは、学ぶ意欲を持ち続けることと、実際に学び続けることなのである。

ご承知のとおり、ビジネスの世界は極めて不安定で、曖昧さと複雑さに満ちている。昨年通用した手法が、今年はまったく通用しないといったことが、当たり前のように起きている。そんな世界で、“有効”であり続けるためには、常に『新しいこと』にトライしなければならない。

ところが、『新しいこと』いうのは大抵の場合、うまくいかない。ゆえに必然的に失敗が増えるのだが、それを続けなければ今日のビジネスの世界で生き残ることはできない。

その意味で、絶対に犯してはならない最大の過ちは『昨年と同じことを繰り返すこと』、あるいは、『同じ失敗を繰り返すこと』である。この種の失敗をするのは簡単で、『早く失敗する』ことができる。だが、そこには一切の学びはない。

失敗は賢く、上手に

今日における『失敗』というワードの使い方で一つ問題なのは、この言葉を聞いて人がどんな気持ちになるかの配慮に欠けている点だ。

あえて言うが、『失敗する(fail)』というワード(英語の場合)には、『強さを失う』『消え失せる』『死ぬ』『通常の機能が停止する』といった意味合いが含まれていて、決して前向きな言葉ではない。そのようなワードが主役のポスターやプレゼンテーションは、会社の文化にプラスの効果は一切もたらさないだろう。同様に、『早く失敗する』というフレーズからも、新しいことにチャレンジするモチベーションは生まれないはずである。

したがって失敗から学び、その知恵を応用することの大切さを言い表したいのであれば、『早く失敗する』ではなく、『上手に失敗する』と表現したほうが、良いように思える。

『上手に失敗する』とは、要するに、『学び続け、学んだことを応用し続けよう!』という意味である。

実のところ、『失敗に対する恐怖』と『成功できない恐怖』との間には違いがある。私は、失敗に対する恐れはあまり感じないが、「いつまでも成功できないのではないか」という恐れなら感じるし、そのことに不安を感じる気持ちはよく理解できる。実際、誰だって、朝、目を覚ましたときに「よし、今日も一日、最高の凡人であり続けるぞ!」とは考えないはずである。

だからこそ、失敗が遅いとか、早いとかいった話はもうやめにして、より大きな成功に向けて、自分の(あるいは自分たちの)仕事のやり方の何をどう変えるべきなのか、また、そのために何を学ぶべきなのか、それを学ぶためには、どのようなアクションをとるべきなのかについて議論したほうがいいと思う。

成長のためのマインドセットは常に学ぶ意欲

成長のためのマインドセットは、『常に学ぶ』という意識を強く持つことだ。

これは、アトラシアンが全ての社員に求めていることでもあり、そのマインドセットの一つの要素として『失敗を受け入れる』ということも含まれている。ただし、これは学びを得るための一つの手段にすぎず、『失敗を受け入れる』とは、つまり、成長するマインドセットを持って、新しいモノゴトにチャレンジし、学び続けるということを意味している。失敗そのものを肯定しているわけではないし、失敗しないように万全を期すことを否定しているわけでもない。

実際、新しいことを学ぶためには、相応の新しいアイデアを出したうえで、過去の経験と直感、データを用いながら、新しいことに挑戦し続けなければならない。それによって期待どおりの成果が得られることは少ないが、全ての挑戦で教訓は得られる。また、仮に期待どおりの成果が上げられたとしても、今後はその成果を倍増させるといった挑戦が待っている。

その挑戦についても、成功することもあれば、失敗することもあり、たとえ、失敗に終わったとしても、その原因を究明していくことで教訓が得られる。それを組織全体で共有することで、次の挑戦に生かしていくことができるのである。

このような学びのプロセスを回していくうえで、チームのリーダーとして成すべきことは、メンバーたちの創造性と好奇心を発揚し、最大化させるための環境(人材、プラクティス、ツールなど)を整えることだ。また、リーダーは、メンバーたちがしっかりと学びを実践しているかどうかを確認しなければならない。そのうえで、挑戦による仮説と検証がきちんと行うことができ、早期のフィードバックが得られ、かつ、メンバーたちが実験と探求に集中できるような環境も形成していく必要がある。

なお、『常に学ぶ』という姿勢は、学びの習慣化によって獲得・維持することができる。

その習慣化に向けて、すぐにできることの一つは、チームとの仕事の中で、直近の取り組みについて、何がうまくいき、何がうまくいかなかったのかを文字にして、共有することである。このときには、正直に、ありのままを書けばよい。また、事後分析のための反省会を行い、併せて、チームの健康状態(健全性)をモニタリングするツールの採用も検討する。さらに、起こりうる失敗を事前に予測する手法を試してみるのも一手だ。

イノベーション専用ルームのナンセンス

一方、大手企業(多くは成長・発展が停滞気味の大企業)の中には、専用の『実験室(研究室やイノベーションルーム)』で、デザインシンキングを回したり、新しいアイデア作りに取り組んだり、アイデアの仮説/検証を行ったりしているところがある。これらの企業は、人がイノベーションを引き起こすには、それ専用の物理的な空間が必要と考えているようだ。

正直に言えば、この種の『イノベーション実験』は、現場のトップたちが、イノベーションを求める経営幹部の目をくらませるために展開している『空中ショウ』、あるいは、経営幹部たちが自分自身や株主たちを喜ばせるために催している『演劇』のように思えてならない。

実際、イノベーションを生むのに適した物理空間なるものは世の中に存在しないし、そんなものがあれば誰も苦労はしない。ゆえに、イノベーション専用の実験室を作ること自体がナンセンスで、そこにどのようなメンバーを集めたところで、イノベーションが起こせるときは起こるし、起こせないときは起こせないのである。

しかも、“実験室”に集められたメンバーたちが、自分の本業から離れてしまい、本来持つ創造力やスキルが発揮できなくなったり、その人ならではアイデアが出せなくなったりするケースも多い。

要するに、イノベーションはどこにでも潜んでおり、会社全体が常に生きた実験室として機能していることが理想なのである。その実験室では、いつもどおりの仕事があり、リスクをどこまで許容するかが運用モデルに組み込まれている。そして、実験室での唯一の『失敗』は、新しいことを学べなかったという『失敗』のみに限定される─。そんな環境が、イノベーションを引き起こすための真の実験室と呼べると、アトラシアンでは考えている。

イノベーションは全従業員に潜在している

私は、イノベーションは誰でも引き起こせる可能性があると確信している。

そうした人の可能性を狭めてしまうのは環境にほかならず、イノベーティブな着想が否定され、かつ、失敗を受け入れて、そこから学ぼうとしないような組織の下では、どんな実験室を作り上げようとも、間違いなくイノベーションは起こらない。

イノベーションの土台を成すのは、常に学ぼうとする従業員たちの意欲であり、学びへの献身だ。そして、組織のリーダーたちが、ともに働く全ての従業員にイノベーションを引き起こせる力があると信じることが重要と言える。そのうえで、以下の3点を徹底することが、イノベーションへとつながっていくことになる。

  1. 毎日イノベートする(努力を払う)
  2. 常に学ぶ
  3. 自分自身が変化の原動力になる

もちろん、『早く失敗する』 というスローガンも、一部の人には役に立つかもしれない。だが、私は『より学び』『学びを止めない』というスローガンを掲げたほうが、イノベーティブな組織が作りやすいのではないかと思う。

イノベーターも、クリエイターも、開発者も、アーティストも、失敗が学びのプロセスの一部であることは誰もが知っている。ただし、失敗にこだわりを持つより、学習・成長・イノベーションの促進のほうに、より多くの意識を振り向けた方がいい。というのも、何らかの取り組みによって、一定の成功がもたらされたとしても、世の中のイノベーションの流れは止まらないからだ。ゆえに、少しの成功で立ち止まろうとはせず、常に学びながら、チームや自分が可能なことの限界を押し広げていくことが重要だ。言い換えれば、常にハングリー精神を持って、貪欲に学び続けることこそが、自分やチームの可能性を押し上げ、大きな成功へとつながっていくということである。