『イノベーション・スキルセット』

著者   :田川 欣哉
出版社  :大和書房
出版年月日:2019/8/24

イノベーションの原理とスキル獲得の入門書

その名称からもわかりとおり、本書はイノベーションを引き起こすのに必要なスキルセットについて解説した一冊である。

著者の田川欣也氏は、デザインイノベーションのコンサルティングファームTakramの代表取締役で英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの名誉フェロー。東京大学機械情報工学科卒業後、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの修士課程を修了し、LEADING EDGE DESIGNを経てTakramを共同設立した。ハードウェアからソフトウェア、インタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニアとして活躍しており、トヨタ自動車「NS4」のUI設計や日本政府の地域経済分析・可視化システム「RESAS」のプロトタイピングなどを手がけ、グッドデザイン金賞、iF Design Award、ニューヨーク近代美術館パーマネントコレクションなど、受賞歴も豊富だ。

そんな著者が、イノベーターとなりうる人材として定義しているのが、本書の副題『世界が求めるBTC型人材とその手引き』にもある「BTC型人材」である。

本書で言うBTC型人材とは、「ビジネス(Business:B)」「テクノロジー(Technology:T)」「クリエイティビティ(Creativity:C)」という3つの要素を結合させるスキル、あるいはリテラシーを持った人材のことを指している。

かつては、ビジネスとテクノロジーを結合させるスキルを持った人材が、企業の変革をリードしてきた。しかし、これからは、ビジネスとテクノロジー、そしてクリエイティビティ(=デザイン)という3つの要素を結合させる能力を持ったBTC型人材が、ビジネスの変革をリードしていくことになるという。

本書によると、第4次産業革命以降、ビジネス(主としてB2Cビジネス)の主戦場は、高品質・高機能・低価格の製品を提供することから、製品を通じて、より良質な顧客体験を提供し、顧客に選ばれ続けることへとシフトしているという。そのため、これからの市場競争で勝ち残るためには、ハードウェアとデジタルテクノロジーを結合させて、革新的な商品(プロダクト&サービス)を生み出す力とともに、商品の革新性を、顧客を魅了するモノや体験へと昇華させるデザインの力がどうしても必要になると本書では説いている。またそれゆえに、顧客体験を中心にした次世代ビジネスに乗り出す意志のある企業は、ビジネス、テクノロジー、デザインの垣根を超えた結合を促進するBTC型チームを組織しなければならず、また、そうした組織で活躍したいと望む個々人は、ビジネスやテクノロジーのほかに、デザインのスキル(ないしは、リテラシー)を獲得すべきと本書では提言している。

BTC型人材への道筋も明確化

本書では、BTC人材とはどのような人材であり、なぜそうした人材が必要とされるのかを、前半の3つの章で説明している(『第1章:第4次産業革命の読み解き方』『第2章:イノベーションを加速する人物像』『第3章:BTCトライアングルとデザイン』)。

それぞれの説明はとても分かりやすく、BTC型人材のことを理解するだけではなく、近年におけるビジネスモデルの変化や「第4次産業革命」「イノベーション」「デザイン思考」「顧客体験」といったキーワードに対する基礎的な理解を深めるうえでも有効と言える。とはいえ、内容的な目新しさは特になく、多くの方にとって既知の情報が多いかもしれない。

その一方で、『BTC型人材へのファーストステップ』と題された第4章は、Takramで実践しているBTC人材の育成法を基にした説明もあり、ユニークで具体的だ。

例えば、この章では、エンジニアが、デザインに対する理解の深い「デザインエンジニア」となり、のちにビジネスリテラシーも身に付けたBTC型人材になるためのステップや、ビジネススキルを持った人材が、デザインとテクノロジーに関するリテラシーを獲得する道筋などが示されている。あくまでもリテラシー獲得の方法を簡単に示しているにすぎないが、イノベーターへのステップとして、具体的なスキル/リテラシー獲得の方法が示された書籍はあまりないように思える。その点で、この章の記述は新鮮であり、語られている内容がTakramで実践され、相応の成果を上げているものと考えれば説得力がある。

もっとも、本書で示されているスキル/リテラシー獲得のハウツーを実践し、BTC型人材としての能力を高めたとしても、それを発揮できる環境が企業になければ意味はない。そう考えれば、本書は、イノベーターになりたいと考える個々人に向けた解説書というよりも、日本の企業に対して、イノベーションを引き起こすための組織やチームの作り方、あるいは人材育成のあり方を伝える指南書ととらえたほうがよいかもしれない。

最近になって、オープンイノベーションやデジタルトランスフォーメーションの名の下で、新規事業の創造に取り組む日本企業が増え始めている。だが、そうした取り組みの多くが、暗中模索の段階にあり、現状のやり方で本当にイノベーションが引き起こせるかどうかの自信が持てずにいるところも少なくないのではないだろうか。そうした企業にとって、本書の内容は大いに参考になるはずである。

本書によれば、インターネット以降のビジネスの主戦場はサイバースペースのみに限定され、この領域では、日本企業は米国企業に圧倒的な差をつけられ、逆転の余地は残されていないという。ところが、新しいビジネスのイノベーションは、ハードウェア(モノ)とサーバースペースの結合がテーマになり、ものづくりに長けた日本企業が俄然有利になるとも指摘している。そのチャンスを逃さないためにも、本書のような指南書を参考にしながら、イノベーションのための組織づくり、人材育成に力を注ぐ必要があるのかもしれない。