2019年2月、地球から約3億キロ・メートル(km)の彼方(かなた)にある太陽系小惑星「リュウグウ」での初回タッチダウン(接地)を成功させ、20年の地球への帰還が予定されている国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」。そのプロジェクトチームは、約300人にも上る国内外の科学者と、多数の工学研究者・技術者から成る大規模な組織だ。そうした組織を一つにまとめ上げ、壮大なプロジェクトを成功へと導く要点について、「はやぶさ2」プロジェクトでミッションマネージャを務める吉川真氏に伺った。

吉川真(よしかわ・まこと)

JAXA宇宙科学研究所 准教授/理学博士。「はやぶさ2」ミッションマネージャ。栃木県立栃木高校から東京大学理学部天文学科へ進み、同大学院卒。高校では山岳部の主将も務める。大学院卒業後、日本学術振興会特別研究員を経て1991年から郵政省通信総合研究所に勤務し、98年に文部省宇宙科学研究所に異動。2003年10月のJAXAへの組織統合により、現在に至る。専門は天文力学を応用した太陽系小天体の軌道解析。小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトでは軌道決定を担当し、のちにプロジェクトサイエンティストとプロジェクトマネージャを兼務。11年にプロジェクト化した「はやぶさ2」では初代のプロジェクトマネージャを務める

生命と水の起源を地球に持ち帰る

JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」は、その名の通り、「はやぶさ」の後継機であり、2代目に当たる。

初代の「はやぶさ」は、03年の打ち上げから7年もの歳月を経て、太陽系小惑星「イトカワ」からの奇跡的な帰還を果たした。苦難のすえに“サンプルリターン(小惑星物質のサンプル採取と地球への帰還)”という世界初の偉業を成し遂げた「はやぶさ」の物語は、映画化されるほど世間の注目を集めた。

「はやぶさ2」は、「はやぶさ」の帰還から、およそ4年後の14年12月3日に打ち上げられた。探査対象は、地球と火星軌道の間を公転している、直径約900mの小惑星「Ryugu(リュウグウ)」。イトカワと同じく岩石でできた小惑星だが、イトカワとは異なり、水や地球誕生前(約46億年前)の有機物を多く含有しているとされる。

その物質サンプルを地球に持ち帰り、解析し、地球での水・生命誕生の秘密に迫ろうというのが、「はやぶさ2」の大きなミッションの一つだ。また、この“科学系”のミッションと併せて、サンプルリターンなど、太陽系天体への往復探査技術の確実性/運用性を向上させ、かつ、実証衝突体を天体に衝突させ、宇宙衝突探査技術の高度化につなげる、といった工学系のミッションもある。

その打ち上げから3年半後の18年6月27日、「はやぶさ2」は約32億kmの飛行を経てリュウグウに到着。同年9月には搭載する小型ローバMINERVA-II1を着陸させ、MINERVA-II1は「小惑星表面で移動探査をした世界初の人工物」となった。10月には、DLR(ドイツ航空宇宙センター)とCNES(フランス国立宇宙研究センター)の小型着陸機「MASCOT」をリュウグウにランディングさせた。

翌19年2月には、リュウグウへの初回タッチダウン(接地)に成功し、「プロジェクタイル(弾丸)」の発射を含むサンプル採取の一連の処理が正しく行われたことが確認された。続く4月5日には、探査機に搭載した衝突装置(SCI: Small Carry-on Impactor)をリュウグウに向けて切り離し、地下サンプル採取に向けたクレーターを生成することにも成功している。「はやぶさ2」は、こうして採取したサンプルを持って19年末にリュウグウを出発し、20年末の地球帰還を予定している。

以上のように「はやぶさ2」のこれまでの軌跡を記述すると、同プロジェクトについては、立ち上げから今日に至るまで、何の障壁にも突き当たらず、全てが順調に進んだかのように思えるかもしれない。

ただし、実際にはそうではなく、特にプロジェクトの立ち上げには相当の苦労を強いられたと、「はやぶさ2」のミッションマネージャ(MM)で、JAXA宇宙科学研究所の准教授、吉川真氏は述懐する。

種子島宇宙センター衛星フェアリング組立棟における「はやぶさ2」のフェアリング結合作業(JAXA提供)

行政府との長年の交渉のすえに

吉川氏は、太陽系小天体の軌道解析を専門とする理学博士であり、「はやぶさ」のプロジェクトでは軌道決定を担当。のちに、サイエンスチームのリーダーであるプロジェクトサイエンティスト(PS)とプロジェクトの総責任者プロジェクトマネージャ(PM)を兼務した。

ご存じの方もおられるだろうが、「はやぶさ」は、小惑星イトカワに到着した05年の末に障害を引き起こし、通信を途絶させた。当時は、地球への帰還は絶望的と見られ、サンプル採取用の弾丸を撃っていないことも明らかだった。そこで、吉川氏は06年、「はやぶさ」のミッションを踏襲しつつ、それに改良を加えたリベンジプロジェクト「はやぶさ2」の立ち上げに乗り出した。

ただし、当時の「はやぶさ」は“奇跡的な帰還”を果たしておらず、いわば『約210億円の資金を投じて失敗に終わったプロジェクト』だった。その第2弾計画に対する行政府の見る目は厳しく、予算獲得の壁は極めて高かった。

言うまでもなく、学術的な見地に立てば、小惑星探査や世界初の試みであるサンプルリターンを成功させる意義は大きい。また、そもそも『失敗に学び成功をつかむ』のが科学である。とりわけ、何が起こるかが読み切れない宇宙を相手に前例のない取り組みを行おうとすれば、万全を尽くしても、失敗は起こり得る。ゆえに、失敗を糧に成功につなげることが重要であり、実際、「はやぶさ」のプロジェクトチームは、06年時点で「はやぶさ」の故障原因を全て把握しており、「はやぶさ2」の成功に向けて、どの部分を改良すればいいかも分かっていた。

「ところが、失敗は成功のもと、といった科学の常識や、プロジェクトの学術的な意義、あるいは、日本の技術力を底上げすることの大切さをいくら説いたところで、行政府の方には通じません。科学の研究開発に対しても、投資に見合う“ビジネス的な見返り”を常に求められることになりますから、『はやぶさ2』についても、“それで一体いくら儲(もう)けられるのか”を問われたこともあります。結果として、プロジェクト発動に向けた予算獲得の要請は、行政府に何度も跳ね返されたのです」(吉川氏)。

予算獲得のメドが立たず、プロジェクト立ち上げの可能性が消え失せようとしていた「はやぶさ2」──。それを窮地から救ったのは、初代「はやぶさ」が10年に奇跡的に帰還し、サンプルを地球に持ち帰ったことだった。これにより、「はやぶさ」への世間の関心が一挙に高まり、行政府も「はやぶさ2」の予算を承認、11年にプロジェクトが正式に立ち上がったのである。

イオンエンジン運転を行いながら、小惑星リュウグウに向かう「はやぶさ2」のイメージ(JAXA提供)

予測不能な宇宙にチームの自律的な判断が生きる

「サイエンスチームの科学者の中には、“くせ”のある人間もいますし、国によって考え方が違ったりしますが、コミュニケーションは活発で、それぞれのミッションが明確なのでチームのまとまりはいいですよ。ただ、海外のメンバーから、『日本のメンバーはおとなしいなあ』と指摘されることは多いですけど(笑)。言葉の問題もありますが、海外の人とチームで動くときは、もっと議論したほうがいいですね」(吉川)

先の記述からも分かる通り、「はやぶさ2」のミッション目的には理学目標と工学目標があり、プロジェクトチームも、サイエンス系と工学系の2つに大きく分かれる。

このうち、サイエンスチームは約300人の国内外の科学者から構成され、海外の科学者の数は約100人に及ぶ。一方の工学チームは、探査機の製作や運用などを担うチームで、メーカーの技術者も含めるとチームメンバーの数は、サイエンスチームを大きく上回るという。そして、こうしたメンバーから成るプロジェクトチームを、前出のPMとPS、MM、そして探査機の製作・運用におけるリーダーであるプロジェクトエンジニア(PE)が支えている。

吉川氏は、「はやぶさ2」プロジェクトの立ち上げ直後までPMを務め、のちにMMへと役割を切り替えた(19年5月時点のPMは、JAXA宇宙科学研究所の津田雄一准教授)。MMの役割は、PM、PS、PEがそれぞれの業務に集中できる環境を整えること。具体的には、プロジェクトの国際調整・国際協力を維持・推進したり、国内外のメンバー間のコミュニケーションを円滑にしたり、チーム内外への情報の周知を徹底したりすることが、主たる任務であるという。

「『はやぶさ2』のプロジェクトチームは、さまざまな知識・スキルを持った科学者・技術者の集合体で、サイエンスチームには、米国、ドイツ、フランスなどさまざまな国の科学者が参加しています。それぞれの性格も、文化的な背景も異なりますが、情報の共有とコミュニケーションをしっかりと行うことを忘れなければ、チームをまとめるのは、そう難しいことではありません。というのも、チームの全員が、『はやぶさ2』のミッションに共感し、目的を理解し、そのうえで自分が何をすべきかを知っているからです。ですから、いかに多くの人を引きつけて、共感が得られるようなミッションを掲げるかが大切で、それが、プロジェクト成功の最大のカギと言えるかもしれません」(吉川氏)。

また、「はやぶさ2」と自己のミッションに対する理解は、それぞれのグループ/メンバーが自律的で、速やかな動きにもつながっているという。

「例えば、宇宙における探査機の運用は、予期せぬ出来事の連続です。マニュアル通りにことを進めれば全てがうまくいくような世界ではありませんし、一瞬の判断や行動の遅れが大きなトラブルにつながることもあります。ですから、各専門分野のグループやメンバーが、不測の事態に対して、自律的に判断を下し、速やかに対処できることが大切です。それができるのが『はやぶさ2』チームの特徴で強みと言えます」(吉川氏)。

「はやぶさ2」イオンエンジン24時間連続自律運転中の管制室。『はやぶさ2』チームの全員がミッションに共感し、自分が何をすべきかを知っている(JAXA提供)

若手の登用で技術を次の世代へ

「はやぶさ2」のプロジェクトチームには、もう一つの特色がある。それはプロジェクトに参加するJAXAのスタッフに若手が多いという点だ。その理由について、吉川氏は次のように明かす。

「若手の登用は、惑星探査の技術・ノウハウを次の世代へつなげるための施策です。惑星探査の技術やノウハウは、文字情報だけで全てを伝えられるようなものではありません。それは、“職人ワザ”、あるいは“職人の感覚値”にかなり近いもので、実際に惑星探査のプロジェクトに携わり、運用を経験しないと獲得できないものです。ですから、『はやぶさ2』で獲得した世界で唯一無二の探査技術・ノウハウも、年齢を重ねて人が引退することによって全てが失われてしまう恐れもあるわけです」

実際、「はやぶさ」「はやぶさ2」とでは、プロジェクト始動の間隔が11年に及んだが、「技術・ノウハウの継承には、それがギリギリの間隔でした」と吉川氏は指摘する。

一方で、「はやぶさ2」の立ち上げ時点では、それに続くプロジェクトがいつ立ち上げられるかが見えていなかった。「そのため、『はやぶさ2』で獲得した技術・ノウハウを保てる時間を可能な限り長くとりたいと考え、多くの若手をプロジェクトに参加させたのです」(吉川氏)。

吉川氏によれば、宇宙航空研究に対する日本の予算は、米国NASA(アメリカ航空宇宙局)の10分の1程度でしかなく、米国と日本との経済規模の差を勘案しても、開きが大きいという。つまり、日本政府は米国政府に比べて宇宙航空研究に対してかなり消極的だということだ。そう考えれば、「はやぶさ2」に続くかたちで、小惑星探査のプロジェクトが日本で継続されるかどうかは不透明と言える。

それでも、小惑星探査には、レアメタルといった金属資源としての小惑星の活用や、宇宙飛行拠点としての小惑星の活用、さらには、天体地球衝突問題に対する解決策(プラネタリーディフェンス)の研究など、さまざまな可能性があるという。

「まだまだ宇宙、太陽系の中、小惑星という分野だけに限ってもごく一部しか分かっていないわけで、面白いテーマがたくさんあります。すでに多くの国が小惑星探査に関心を示し、米国は早くも金属の小惑星を探査するプロジェクトを立ち上げています。その中で、日本が世界をリードし続けるためにも、探査プロジェクトの継続が必要なのです」(吉川氏)。

小惑星リュウグウにタッチダウンを行う「はやぶさ2」のイメージ図(JAXA提供)