イノベーションの源泉はテクノロジーにあらず
「イノベーションの源泉とは何か」─。この問いかけに読者の皆さんはどう答えるだろうか。おそらく多くの方が、「革新的なテクノロジー」と答えるのではないだろうか。
しかし、こうしたテクノロジーに寄ったイノベーションのとらえ方は一面的であると、マネックスグループ シニアアドバイザーのピーテル・フランケン(Pieter Franken)氏は説く。
同氏は、シティバンクや新生銀行、アプラスといった金融機関でシステム開発や金融サービス開発をリードしてきた人物だ。新規事業やスタートアップ、アカデミックな活動にも積極的にかかわってきた。アトラシアンのイベント「Atlassian Team Tour: Future of IT」では、そうした過去の経験を踏まえながら、イノベーションをテーマにした講演を展開した。タイトルは、『イノベーションの七福神〜フィンテック、IoT、AIそしてクラウドコンピューティング時代における画期的イノベーションに向けた実践的な基本理念』。その講演の中で同氏はFinTechについて、次のような見解を示す。
「昨今話題のフィンテック(FinTech)ですが、金融業界におけるテクノロジーの活用は今に始まった話ではありません。1967年におけるATMの登場以降、磁気ストライプやテレフォンバンキング、クレジットカード決済、ワイアレス決済など、金融業界はテクノロジーを大いに活用してきました。ただし、それらのテクノロジーを『FinTech 1.0』と定義するならば、現在のFinTechは『FinTech 2.0』と呼べるものです。それは単純に新しい金融テクノロジーを指していません。金融サービスとデジタル革命、新しいコンセプト、そして新しいプレイヤーなどの総体が今日のFinTechと言えるのです」
ここで言う「デジタル革命」とは、スマートフォンやクラウド、オープンソース、クリエイティブコモンズ、IoT、AI(人工知能)など、FinTechを支える技術的な要素を意味している。また、「新しいコンセプト」とは、「アジャイル」「オープンAPI」「顧客体験(UX)中心型」「One to One(ワントゥワン)マーケティング」などの手法やプロセスを指し、「新しいプレイヤー」とは、金融サービスに対する異業種からの参入組やスタートアップを表している。
このように、テクノロジー、アイデア、手法、プレイヤーなど、さまざまな要素が今日のFinTechを形づくっているとフランケン氏は説明を加える。
イノベーションを成功に導く幸福の神
フランケン氏によれば、FinTechがここまで注目を集めるのは、世界規模で影響を与える可能性があるからだという。
「日本は金融が発達した先進国ですが、アジアには決済サービスの整備が進んでいない国や地域があります。FinTechとして開発された日本の金融サービスが、それらの地域で大きな価値をもたらす可能性は十分にあります」(フランケン氏)。
このようにFinTechを拡大させていくうえで重要になるのが、プラットフォームとエコシステムであり、エコシステムの形成には、オープンでパブリックなAPIが必要になる。
「オープンでパブリックなAPIは多様なプレイヤーをエコシステムに呼び込み、それがエコシステムの多様性につながります。そして、エコシステムの多様性がFinTechのグローバルな成長を加速させます。その意味で、FinTechとは、オープンなプラットフォームを中心に、数々のプレイヤーが新しいテクノロジーと手法を駆使してエコシステムを築き上げ、成長させていくイノベーションの取り組みと見なせます」(フランケン氏)。
フランケン氏によれば、このようにしてFinTechをとらえていくと、イノベーションに必要な7つの要素が浮かび上がってくるという。それは、以下の7つだ。
- デジタル
- 多様性
- 探索
- DIY
- リユース
- アジャイル
- プラットフォーム
「これら7つの要素は、イノベーションの“七福神”とも言える存在です。これらの“神様”が、FinTechなどのイノベーションを成功に導くカギを握っているというわけです」(フランケン氏)。
七福神の“ご加護”を得る努力
上述した七福神のパワーを活かし、イノベーションの成功へと結びつけるには、相応の努力(自己改革の努力)も必要とされるという。
例えば、企業が「デジタル」のパワーを活かすには、IT部門(情報システム部門)が「管理部門」としての役割にとどまるのでなく、将来を見据えたデジタルの取り組みに力を注がなければならないと、フランケン氏は指摘する。
また、「多様性」のパワーを得るためには、ダイバーシティに対するCEOのコミットが不可欠で、そのうえで、多様なスキルを持った人材を確保することが重要になる。
さらに、「探索」とは、外部のコミュニティと協業して、自社内にはない多様な知見や価値観を探求したり、失敗を許容しながら、試行錯誤を繰り返し、新しい取り組みの可能性を探ったりすることを指している。
一方、「DIY」は、システムの運用管理といった、企業の差異化とはあまり関係のない業務をアウトソースし、それによって生まれた人的リソースの余力を使って、サービスの内製化を推し進めることを意味している。「これによって、開発コストを低減させながら、開発スピードを上げ、かつ、自らの知識/ノウハウに磨きをかけて、デジタルリーダーを目指していくこと可能になります」と、フランケン氏は説明を加える。
同氏はまた、サービスの独創性を大切にしながら、コモディティ化されたコンポーネントをうまく活用していく「リユース」も大切であるとし、次のように付け加える。
「流用が可能なものは、可能な限り流用してしまうのが理にかなった方法です。新しい自動車を作るのに“車輪の発明から始める”といった無駄は排除しなければなりません」(フランケン氏)。
さらに、イノベーションを引き起こすには、ウォーターフォール開発のように、すべての仕様を細かく決めて、開発が進むたびに詳細な記録(ドキュメント)を残していくようなアプローチではなく、「アジャイル」のアプローチを採用する必要があるという。
そのうえで、プロジェクトのメンバーが、ビジネスとの距離を近くに保ちながら、「文書の管理ではなく、コードを書くことに専念できるようでなければなりません」と、フランケン氏は説く。
そして、7人目の福の神である、パワフルな「プラットフォーム」を形成するには、プラットフォームの透過性を重視しながら、オープンAPI/パブリックAPIを取り入れ、市場シェアの拡大よりも、エコシステムの多様性の確保や拡大にフォーカスすることが成功の要件であるという。
「FinTechを例にとれば、エコシステムに多様な企業が参加して、それぞれが互いの強みを活かすことで、プラットフォームが拡大していきます。そのプラットフォーム上では、単一の企業が、新しい金融サービスを一から作り上げる必要はなく、各プレイヤーが銀行の機能の一部分をそれぞれ担いながら、プラットフォームの成長と発展を支え、イノベーションのうねりを増幅していくのです」(フランケン氏)。
オープンプラットフォームがもたらした「SAFECAST」の成功
こうしたイノベーションの好例として、フランケン氏は今回、同氏が立ち上げた「SAFECAST」の取り組みを紹介した。
SAFECASTは、2011年3月11の東日本大震災による福島原発事故をきっかけにスタートしたプロジェクトだ。携帯用ガイガーカウンター(放射線計測器)を市民に配布し、市民の各人が、日々の生活の中で地域の放射線データを収集し、その情報を世界中で共有するという試みである。
東日本大震災による福島原発事故の発生後、フランケン氏は、東北地方に住む親類の安全確保に役立つ情報を得ようと懸命の努力を続けた。その活動の中で、東北各所のリアルタイムな放射線量を示すオープンデータがどこにも存在しないことに気づき、衝撃を受けたという。そして原発事故から1カ月後に、海外の友人たちとSAFECASTのプロジェクトを始動させたのである。
このプロジェクトには、MITメディアラボの伊藤穰一氏や慶應大学の植原啓介氏ら、国内外から多数の専門家が参加し、草の根的に活動が広がっていった。
「この活動の中で、エンジニアたちは、プラスチックの弁当箱を使ってガイガーカウンターを作成し、その設計図を共有してくれました。これによってプロジェクトに参加する誰もがDIYでカウンターが作成できるようになり、彼らは、作成したカウンターを自分の自家用車に装着したり、郵便局の配達員に持ってもらったり、報道機関や原発作業員などに配布したりしたのです。結果として、かなり広範囲にリアルなデータを集められるようになりました」(フランケン氏)。
フランケン氏が小さく始めたSAFECASTの活動は、今や100カ国で展開されるようになり、データの収集拠点は1億2,000万カ所に拡大している。
「これが、オープンなプラットフォームの威力です。SAFECASTのプロジェクトでは、すべての情報の透過性が確保され、誰もが同じ情報を共有できます。こうしたオープン性は、メンバーの次の行動を後押しするのと同時に、データの信頼性を生み出します。その信頼性は、SAFECAST活動の価値を高め、それが、さらなるプレイヤーの参加へとつながっています」(フランケン氏)。
加えて留意すべきは、SAFECASTのメンバー同士は、互いに特に知り合いでない点だ。
「それでも、それぞれが自分たちの強みを活かして、SAFECASTの価値を高め、プラットフォームを拡大させています。これも、オープンプラットフォームが創りだすコミュニティ、あるいはエコシステムの特性と言えるでしょう。この事例や“七福神”をヒントに、イノベーションやイノベーティブな取り組みに着手されてはいかがでしょうか」(フランケン氏)。