アトラシアンには、働き方改革のエキスパートが多くいる。その一人が、ワーク フューチャリストのドム・プライス(Dom Price)だ。彼は企業組織のリーダーに向けて、変革のためのメッセージをコラム形式で発信し続けている。この連載では、そのエッセンスをお伝えしていく。

チームビルディングの稚拙なゲーム

かつて、チームビルディングに取り組む企業において、このような光景を目にした経験がある。

「あなたと、あなた、そうそう、そこの二人。二人で一列に並んでください。で、前の人が前方を見たまま後ろ向きに倒れる。そして後ろの人が、それを受け止める。やることはそれだけ。さあ、始めて!」──。

これは、「トラストフォール(相手を信じて、倒れる)」と呼ばれるゲームである。このように、相互信頼をいきなり強要するようなチームビルディング手法はすでに崩壊している。というよりも、こうしたゲームが有効だったケースをいまだかつて見たことがない。

このような“チームビルディングゲーム”を見るたびに白々しさを感じるが、それに加えて、これらのゲームに「チームのメンバーが、どのように協業するのが効果的なのか」の示唆が一切ないことも問題だろう。また、ゲームの中には、自分の胸の内にある希望や怖れ、願いを、半ば強制的に互いに吐露させるようなものもある。これらは大抵の場合、参加者を不愉快にさせるだけで終わるはずである。

チームビルディングのゴールは、チームにおけるメンバー同士の協業をうまく回す、あるいは、効果的に回せるようにすることである。その本来の目的を見失うと、会社の中に「読書クラブ」を作り、そのクラブの対話を円滑にする目的で、オフィスにワインを持ち込むような事態に陥りかねない。

強いチームは安心感の上で成り立つ

では、チームビルディングには、どのようなアプローチが必要とされるのか。まず必要なのは、チーム内の結束を強めることであり、それは強いチームを形成するための方程式の一つだ。こうした観点から、アトラシアンのチームリーダーたちは現在、チーム内での信頼関係を構築したり、チームに対するメンバーの帰属意識を高めたりすることに力を注いでいる。

実はこの方法は、Googleが実施した調査から導き出したものでもある。

Googleでは2年間にわたり、社内の180以上のチームについて調査研究し、200人以上の従業員に対してインタビューを行った。その結果、彼らは、社員が最も強く欲していることが、チームに対する“心理的な安心感”であることを突き止めた。

チームに対する安心感が強くなることで、リスクを冒すことの恐怖心が和らげられ、たとえミスや失敗をしても、チームの前で正直になれる。また、「これを聞いたら、軽蔑されるかもしれない」と思えるような質問(ただし、必要な質問)も、チームメイトにどんどん投じられるし、目的に積極的に挑み、情報を共有し、“常識外れだが、斬新なアイデア”をどんどん提案するようにもなる。そしてこれらはすべて、ハイパフォーマンスでイノベーティブなチームの重要な要件なのである。

心理的な安心感のあるチームを作るのは、チームのメンバー全員の仕事だ。ただし、その取り組みを始動させる役割は、マネジャーが担う。ゆえに、アトラシアンの幹部たちは、チームリーダーに対して、すべてについてオープンに聞き、新しいアプローチを試し、失敗に関して正直になり、失敗は学びのチャンスとしてとらえるよう指導している。また、チームリーダーたちは、各人の希望、怖れ、葛藤を他のリーダーたちと自由に共有でき、それに不快を感じることもない。そして、こうしたチームリーダーたちの学びが、結果的に、チーム全体に波及していき、組織の文化的な特性になっていくのである。

もっとも、チーム内での信頼関係の構築と帰属意識の醸成には相応の時間がかかる。したがって、長い“ゲーム”に挑む気構えと準備が必要だ。とりわけ、複数の機能を組織横断的に持ったクロスファンクショナルチームの場合、メンバー同士の信頼関係とチームに対する帰属意識を高める難度は高い。というのも、メンバーシップがプロジェクトごとに変化し、チーム内でのスキルと経験の共有化がなかなか進まないからである。

一方、チームメンバー同士の相互理解を、私的なレベルにまで深めるのにも一定の時間がかかる。理由は単純で、チームのメンバー同士の親密な関係は、オフィスでの冗談の言い合いや、昼食時の他愛のないゲーム、さらには、チームでの夕食などによって徐々に育まれていくことだからである。

もちろん、チームで共通のゴールを追い求めていくことでも、メンバー同士の相互理解は進む。ただし、メンバー間の関係を私的なレベルにまで深めていくには、ゴールの達成に向けて、すべてのメンバーが適切な時間に、正しい仕事をして、正しい方法でコラボレーションを行っていることが条件となる。

究極のチームビルダー『Atlassian Team Playbook』

アトラシアンでは、継続的な改善と反復という“アジャイル”主義を貫いている。これは、チームでの“協業”の方法をさまざまに試すというカルチャーにもつながっている。

2013年、私たちのチームは、有効に機能している思われるコラボレーションのあり方を観察し、会社全体で共有できるように、それらを記録する作業を始めた。そして2016年には、記録したコラボレーションの取り組みを、健全でハイパフォーマンスなチームを構築するための活動(チームプレイ)集としてまとめ上げ、社内のみならず、広くパブリックに共有するに至った。私たちはそれを『Atlassian Team Playbook』と呼んでいる。

『Atlassian Team Playbook』は、オーストラリアの大手銀行ANZ BankやXero社、さらにはウォルマートに至るまで、世界各国の企業がチームビルディングに活用している。今日では、私が厳選したチームプレイが、『Atlassian Team Playbook』のサイトに掲出されている。以下、そのいくつかの概要を紹介しよう。

チームでの信頼関係構築を構築するチームプレイ

Rules of Engagement(エンゲージするためのルール):この30分のアクティビティで学べることは、あなたのチームメイトがどのようなワークスタイルを指向しているのか、そして、チームのためにどのような文化的規範を確立しようとしているかだ。実践のタイミングは、新しいチームを組織したときや、新しいメンバーがチームに加わったときなどである。また、この活動は、チームのメンバー同士の関係がぎくしゃくし、それぞれの仕事に負の影響が出始めたときなどにも有効である。

Team Health Monitor(チームヘルスモニター):これは、アジャイル開発の随所で行われる「レトロスペクティブ(ふりかえり)」に似ているが、アジャイルのふりかえりに比べて、より高次の課題にフォーカスを当てたアクティビティである。具体的には、チームがハイパフォーマンスを発揮するために不可欠な事柄に焦点を絞り込んで、自己評価を行う。例えば、「あなたは、チームのためになる適切なスキルを持っているか」「自分の弱点を克服する方法を特定できるか」といった具合である。この活動は、「感覚」と「データ」の双方に基づくものであるため、チームメイトとは率直に意見を交換し、かつ、チームメイトの意見を信じることが求められるだろう。活動は定期的に行う必要があり、大抵は、月次、あるいは四半期に1回のサイクルで行われている。

Stand-ups(スタンドアップミーティング):これは、チームメンバー間で互いの仕事の進捗や(今日の)予定などを確認し合う10分ほどの定例会だ。 これは、メンバー同士のオープンなコミュニケーションを促進するうえで非常に有効な手法と言える。毎日行う。

Dicebreakers(ダイスブレーカ):紙で作るサイコロを使用し、2分程度で「あなたを知る」アクティビティを行う。例えば、ミーティングに重要なメンバーが遅れてしまい、他のメンバーの時間が少し無駄になりそうなときなどに使う。サイコロの設計図は、以下のとおりで、ご覧のように、サイコロの目に書かれている質問は、個人的な質問ばかりだ。ただし、“個人的すぎる”というレベルではない。

なお、上図は、アトラシアンのページからダウンロードできる。これを印刷して組み立てればサイコロが出来上がる。

Off-topic(オフトピックチャット):これは、オフィシャルなアトラシアンの取り組みではない。ただし、チャットルームにグループを作り、個人的に気に入った書籍や気になった記事、映画などを勧め合ったりする“オフトピック”の場を設けるのも、チーム間のつながりを強めるうえでは有効である。ただし、このチャットルームのアクティビティが仕事の妨げにならないよう、情報更新の通知は、できるだけ控え目にすることが大切だ。

効果的なコレボレーションを促進するチームプレイ

Project Kick-off(プロジェクトキックオフ):これは、チームが「(プロジェクトを通じて)これから提供しようとしているものは何か」「なぜ、それが重要なのか」の共通理解を形成するための活動である。活動には、プロジェクト用のエレベーターピッチ(後述)の作成、リスクの特定、さらには、「成功」の計測方法に関する合意形成などが含まれる。
あなたのチームが、プロジェクトによる成果物のイメージが描けていて、いつでもプロジェクトの遂行が可能な状態にあるときに、この活動を実行に移す。

Retrospectives(レトロスペクティブ):先に触れたとおり、レトロスペクティブ(ふりかえり)は、アジャイル開発の古典的な手法だが、開発チームだけではなく、あらゆるタイプのチームのコラボレーションに有効である。手法の基本フォーマットは、「何がうまくいって、何がうまくいかなかったのか、あるいは、うまくいっていないのか」「変更すべきことは何か」を、チームで話し合うというものだ。この活動によって、チームが直面している問題点を掘り下げ、解決策を見いだすための健全で安全な場所が創出される。この活動は、アジャイル開発のプロジェクトであれば、スプリントごとに実行し、それ以外のプロジェクトであれば月次で実行すればよい。

Elevator Pitch(エレベーターピッチの作成):これは約30分のアクティビティであり、ピッチ作成用紙のブランク(空白)部分を埋めていく形式で行う。この活動により、「自分たちが提供しようとしているものは何か」「なぜ、それが重要なのか」「なぜ、それがユニークなのか」「顧客は誰なのか」といったことを明確にすることができる。結果として、自分たちの仕事に対するチーム内での共通理解が促進される。この活動を実行するタイミングに、特に制約はなく、新しいプロジェクトの立ち上げ時など、自分たちの仕事の目標・目的についてチーム内でのコンセンサスを確立したいと感じたときに、いつでも実行すればよい。

Goals, Signals, Measures(目標、シグナル、指標):これは、チームにおけるより高次な目標を設定したり、自分たちが正しい道を進んでいるかどうかを確認するためのシグナルを定義したり、成功の計測方法に関する合意を形成したりするための活動である。チームの主要なプロジェクトを立ち上げたり、チームのリーダーが変更になったり、新しいチームを組織したりするタイミングで実行する。

Sparring(スパーリング): これは、ボクシングの「スパーリング」と同じく、戦いではなく演習である。あなたのチームメイトに対して、進行中の仕事についてのプレゼンテーションを行い、改善の提案をもらう活動を意味している。スパーリングであるので、「真剣勝負」に近い状況を作るのが肝心で、チームメイトからの厳しい質問や批判・批評をすべて受け入れるオープンな姿勢が必要である。また、そうすることが、自分だけではまったく気づけなかった課題や新しいアイデアが生まれるといった奇跡的なことが起こりうる。もし可能であれば、スパーリングは毎週行うことが望ましい。

Problem Framing(問題のフレーミング):この30分間のアクティビティでは、チームやプロジェクトの目的に対する理解を深化させる。チームが解決すべき問題や、その問題が顧客に与えるインパクト、起こりうる状況などを定義して、それらを「問題に関する宣言文」としてまとめておく。このテクニックは、クロスファンクショナルチームに特に有効なものと言え、問題を推定する力が増すと、活動の効果がさらに高まる。なお、この活動は、新しいチームを組織したり、重要なプロジェクトを始動させたりするときに実行するとよい。

チームとしての繁栄を目指して

上に示した活動、あるいはテクニックを日々の仕事の中に取り込むことで、チームビルティングのために多額の資金をかけなくても、強いチームを組織し、維持することが可能になる。

実際、アトラシアンでは、『Atlassian Team Playbook』の実践によって、チーム力を強化し、アドバンテージを確保してきた。もちろん、アトラシアンが、チームビルディングのためにジェスチャーゲームやボーリングをしたことが一切ないと言えば嘘になる。ただし、そうした試行錯誤があったからこそ、『Atlassian Team Playbook』を究極的なチームビルディングのツールとして、自信を持ってお勧めできるとも言える。

優れた協業の手法を反復することで、チームをより俊敏で効果的で、まとまりのある組織へと成長させることができる。またそれは、より優れた人材を獲得し、それぞれの能力を最大限に発揮させることにつながるのである。