『エラスティックリーダーシップ ─自己組織化チームの育て方』

著者   :Roy Osherove[著]、島田 浩二[訳]
出版社  :オライリー・ジャパン
出版年月日:2017/5/13

リーダーシップは組織や個人を「成長させる力」

「エラスティック(elastic)」という言葉は「弾力性のある」「融通の利く」「順応性のある」といった意味だが、本書では「状況に応じて、柔軟に役割を変える」くらいのニュアンスで使われている。

一方、「リーダーシップ」については、「新しいところに連れて行ける力」だと述べている。いつまでも同じところにとどまっていると人間は成長しないし、成長しない人生はつまらない。リーダーシップとは「組織および組織を構成する個人を成長させる力」だということだろう。

本書は前半(第1部から第4部)が著者自身による解説、後半(第5部から第6部)が他の人によるコラム集となっている。

第1部では「エラスティックリーダーシップ」の概要を解説し、このリーダーシップには「サバイバルモード」「学習モード」「自己組織化モード」という3つの方式があることを示す。第2部から第4部は、各モードの解説であり、ここまでで全体の約半分のページが費やされている。

第5部では、1~3ページ程度の短いコラムが掲載されており、それぞれに著者のコメントが入っている。第6部でも同様にコラムが掲載されているが、こちらはすべて日本人によるオリジナル作品で、著者のコメントは入っていない。

前半で展開された著者の「リーダーシップは良い組織を作るために必要」という意見に対して、後半のコラムでは「良い組織は良い製品を出す手段であって、そもそもの製品が悪ければ組織は成り立たない」との指摘もある。このように後半では、反論したり補足したりして内容の理解を深めてくれる。

組織の状態に応じたリーダーシップが必要

本書で最も重要な主張は「組織には状態(フェーズ)があり、状態に応じたリーダーシップ様式(モード)がある」ということだ。フェーズ(phase)の語源は「月の満ち欠け」だそうだ。組織の状態も、一方向に変化するだけではなく、いくつかの状態を繰り返す。

本書では「サバイバルフェーズ」「学習フェーズ」「自己組織化フェーズ」の3つのフェーズと対応するサバイバルモード、学習モード、自己組織化モードを挙げ、それぞれに異なるリーダーシップが必要としている。

まず、サバイバルフェーズは、「学習する時間がない」という意味で使っている。「毎日深夜まで作業しなければならない」といった過重労働だけではなく、休養時間が十分であっても新しいことに取り組む余裕がなければ、それはサバイバルフェーズだという。

サバイバルモードのリーダーには、チームの先頭を切って歩く「指揮統制型」、悪く言えば「独裁型」のリーダーシップが求められる。リーダーの役割は「学習時間を確保する」こと。少し意外だったが、問題解決は専門家(つまりチームメンバー)の仕事であり、必ずしもリーダーの仕事ではないという。

市場の変化などで「フェーズ」は変わってしまう

組織内で新しいことを学習し、未経験の技術を検証できる場合は学習フェーズとなる。このフェーズに必要な学習モードのリーダーシップは、より大きな挑戦をさせること。リーダーは、ときにはチームの少し先を歩いてメンバーを招き、時には後方から見守る。「コーチ」として働き、チームメンバーとともに歩むということだ。

学習フェーズでは、大きな挑戦をさせるため、一時的にパフォーマンスが落ちることもあるだろう。IT開発の現場では、新しい技術が登場することがしばしばある。新しい技術を導入すると、慣れるまで開発効率が落ちるが、学習の“山”を越せば効率が一気に上がる。学習モードのリーダーシップは、こうした一時的な生産性の低下を許容してチームメンバーを新しい場所に導く力が求められる。

自己組織化フェーズでは、リーダーが特に指示をしなくても、組織のメンバーが自律的に動く。リーダーが数日の休暇を取っても何の支障もない。自己組織化モードでは、リーダーは「ファシリテーター」として働き、チームの後方から見守る。

自己組織化モードのリーダーは余った時間を利用して、チームを新しいステージに上げる方法を考えたり、実験したりできる。もちろん、現状を見守り、間違った方向に進んでいないかどうかをモニターするのも大事な仕事だ。

チームのフェーズはいつでも変わる可能性がある。市場や組織の変化により、自己組織化フェーズからサバイバルフェーズに変わったら、サバイバルモードのリーダーシップを発揮する準備も必要だ。

覚えておきたい「変えられるのはリーダーだけ」

この種のビジネス書には、しばしば「現実から乖離している」という批判が出るが、本書では後半に現場の声を集めたコラム集を持ってくることで、こうした問題点が回避されている。

翻訳のビジネス書によくあるもう一つの批判が「日本では通用しない」というものだ。著者によると、米国でも「管理職になりたくないエンジニア」は多いという。日本のエンジニアとメンタル面は意外に近いかもしれないし、本書の事例の多くはITエンジニアを想定していて、日本の現場でも共感を得られそうな内容だ。

さらに、日本人によるオリジナルのコラム集が追加されており、日本人向けにアレンジしてある。コラムの著者には、Ruby開発者のまつもとゆきひろ氏や、元「はてな」取締役CTO(現「一休」執行役員CTO)の伊藤直也氏といった“著名人”も名前を連ねており、それだけでも一読の価値がある。

すでに述べたように本書で中心となるのは「組織のフェーズに合わせて、リーダーシップのモードを変えるべき」という主張だ。よく考えれば当たり前なことではあるが、これまで明確にはされてこなかったのではないだろうか。実体験に基づく例は意外に少ないためドラマチックではないが、構成は論理的であり、とても面白く読むことができた。

本書は、現在リーダーの役割を担っている人、これからリーダーになりそうな人、リーダーに言いたいことのある人すべてにお勧めする。また、リーダーになりたくない人は、本書を読んで「なぜなりたくないのか」「本当になりたくないのか」を考えるのも良いだろう。しかし、本書でも記述されているように、何かを変えたいと思ったとき、それを変えられるのはリーダーだけであることは覚えておいて欲しい。