『組織の未来はエンゲージメントで決まる』

著者:新居佳英、松林博文
出版社:英治出版
出版年月日:2018/11/7

日本の社員の7割はやる気なし!?

「やる気のない社員が7割!」──そんな、日本企業の批判から始まるこの書籍は、組織マネジメントの解説書である。

著者の一人、新居佳英氏は、成功報酬型の求人メディア「Green」などを運営する東証一部上場の株式会社アトラエの創業者兼CEO。「意欲ある社員が、無駄なストレスなく働き続けられる組織作り」を一貫して追求してきたという。もう一人の著者である松林博文氏は、グロービス経営大学院講師で、次世代型組織デザイン開発をライフワークとしている。

その2氏が共著書のテーマとしたのが、「従業員エンゲージメント」。近年、マーケティング用語として「エンゲージメント」という言葉がよく使われるが、この英単語に対する日本人の馴染みが薄かったせいか、いまだに、わかっているような、わかっていないような、曖昧な感覚のまま使われていることが多い。

それもあり、本書では、「(従業員)エンゲージメントとは何か」という言葉の定義の話を、まるまる一章を使って展開している。では、従業員の「エンゲージメント」とは、どういう意味なのか──。本書の定義はこうである。

「従業員の一人ひとりが、企業の掲げる戦略・目標を適切に理解し、自発的に自分の力を発揮する貢献意欲」

言い換えれば、企業のビジョンに対して共感し、戦略を理解して、自発的に会社(仕事や組織)に貢献しようとする意欲のことを、エンゲージメントというわけである。

本書によれば、このエンゲージメントは、会社の処遇に対する満足感を示す「従業員満足度」や、行動を起こす個人的な意欲を示す「モチベーション」、組織に対する帰属意識・忠誠心を表す「ロイヤルティ」と似て非なるもので、キモは、組織との対等な関係性に基づく、個々の主体性と意欲であるという。

そして、この従業員エンゲージメントこそが、組織の収益性・生産性の向上、離職率の低減、イノベーションの推進といった、今日の経営課題を解決するカギであり、アップル、グーグル、スターバックス、ナイキ、ディズニーなど、世界を代表する成長企業はこぞって、この従業員エンゲージメントの獲得・向上に力を注き、成長・発展の礎にしているという。

かたや日本では、戦後における高度経済成長時代の労使間にあった“欧米に追い付け、追い越せ”という共通の目的意識が発展とともに失われていき、バブル崩壊後の「失われた20年」によって、終身雇用制を土台にした信頼関係も瓦解した。結果として、社員の7割がやる気なしという、とんでもない状況に陥り、国際競争力を失っていると、本書では言う。ゆえに、従業員エンゲージメント重視の考え方を取り入れて、組織マネジメントのあり方を早急に改革すべし、というのが本書の主張である。

エンゲージメントの難度は高い!?

上のような主張の下、本書の後半では、従業員エンゲージメントをどう高めていくかの方法論が、いくつかの実践例を交えながら展開されていく。

もちろん、従業員エンゲージメントを高めるには、そもそも、自社の従業員エンゲージメントがどういった状態にあるかがわからないと何も始められない。ということで、本書では、従業員エンゲージメントを「見える化」する話から、ハウツー部分の記述をスタートさせている。見える化の手法として紹介されているのは、著書の一人、新居氏率いるアトラエ社が開発した組織改善プラットフォーム「wevox」を使うというものである。wevoxは、従業員のエンゲージメントに影響を与える9つのキードライバー「職務」「自己成長」「健康」「支援」「人間関係」「承認」「理念戦略」「組織風土」「環境」を計測して、100点満点でスコアリングすることができるという。これを使って従業員に対するアンケートを定期的に行うことで、組織におけるエンゲージメントの状態が定点観測でき、改善のポイントも把握できると同書は説明し、2017年5月リリースのwevoxは400社への導入実績があるとの付記もある。

この辺りの記述には、“製品PR”の色合いを強く感じるが、アトラエには、従業員エンゲージメントを一貫して追求し、一部上場企業へと比較的短期間で成長したという実績がある。そうした実績を持つ会社のトップに経験にもとづくハウツーを教えてもらっていると割り切ると宣伝色もあまり気にならなくなる。

それよりもむしろ気になるのは、従業員エンゲージメントを高めることの難しさである。

本書を読むと、従業員のエンゲージメントを獲得する上で最も重要なことは、組織やリーダーのビジョン/価値観に周囲が強く共感できるかどうか、組織がしようとしていることや売っているモノ、そして組織そのものに愛情が持てるかどうかであるように感じる。

仮に、ビジョンや価値観に強い共感が持てれば、多くの従業員が主体性を持って組織のゴールの達成に貢献するようになり、例えば、「うちの商品は……」「うちの組織は……」「うちの社長は……」という従業員の言葉の“うちの”の中にも、愛情と誇り、そしで「自分の」という意味が込められるようになると思える。実際、日本の老舗は変化への強さを見せることが多いが、これは「老舗の看板を守り抜く」「守り抜くことに意義がある」といった明快なビジョンと価値観に共感した従業員たちが、「自分ごと」として問題解決にあたってきた結果であるに違いない。

言うまでもなく、全ての企業が大看板を背負っているわけではなく、信奉者が何億人・何十億人もいるような強烈なブランドを持っているわけでも、カリスマ的な創業者や経営者がいるわけでもない。そうした中で、従業員の強い共感を得られるような価値観・ビジョンを打ち出すのは、なかなかハードルが高いことだろう。通り一遍のビジョンでは、これまでと何も変わらないと従業員から見なされ、共感は得られないはずである。

ちなみに、本書では、エンゲージメントを高められる企業人に共通した資質として、「①ビジョナリーであること」「②深い対話のできるコミュニケーション能力」「③人間関係・信頼関係を築く力」という3つを掲げている。このうち「②」「③」の資質を持った企業人は日本にも数多くいると考えられるが、それにプラスして「①ビジョナリー」の資質までも併せ持った人が多くいるかといえば、そうとばかりは言いきれないのが現実ではないだろうか。

もちろん、市場の変化が激しい今日においては、上意下達の組織運営では立ち行かなくなる可能性が高く、そもそもビジネスの前線で働く社員の7割がやる気がなければ、変化への機敏な対応はもとより、現状維持すら困難になる恐れが強い。

その意味でも、従業員エンゲージメントの考え方を取り入れて、個々人のパフォーマンスを高めることはやはり必要で、そのために何をすべきか、何ができるかの検討を始めたほうがよさそうである。