『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』

著者:佐宗 邦威
出版社:発行/クロスメディア・パブリッシング 発売:インプレス
出版年月日:2015/8/4

「今さら聞けない」のイライラが解消できる

本書は、「デザインシンキング(デザイン思考)」の教科書的な本。デザイン思考の歴史や考え方、なぜ必要とされているのか理由、さらにはデザイン思考の具体的なプロセスなどが一冊にまとめられている。

著者の佐宗邦威氏は、株式会社BIOTOPEの代表取締役兼チーフイノベーションプロデューサーで、新規事業の立ち上げなど、共創型イノベーションプロジェクトのインキュベーションを得意とするという。東京大学法学部卒業後、P&GでMBA流マーケティングを学び、実績を上げ、のちにイリノイ大学デザイン学科(ID)でデザイン思考を学んだ。著者の説明によれば、IDは米国で最も古くからデザイン思考を教える“デザイン思考の老舗”的な存在で、本書でも、著者がIDで学んだ手法が紹介されている。

デザイン思考への関心が日本で高まり始めてから数年の歳月が経過し、今では、新事業の立ち上げや新商品の開発、あるいはマーケティングを担当するビジネスパーソンの必須教養との見解も多く聞かれるようになってきた。一方で、デザイン思考に関して、まだよく理解していないとする方々も散見される。そうした方がデザイン思考について学ぶうえで、本書は便利な一冊である。デザイン思考について、少し具体的に知りたいが、今さら周囲に聞くのは気が引ける──。そんなふうに考えている方に、お勧めする。

右脳と左脳を使ったハイブリッド型

本書によれば、デザイン思考の中心は、デザイナーの思考法そのものであるという。これは、「左脳」だけを使う論理的な思考法ではなく、「左脳」と「右脳」とをバランス良く利用したハイブリッド型であると、著者は説く。

本書の第1章では、このハイブリッド型の思考法についての説明が、「デザイナーから学ぶ知的生産術」として紹介されている。その内容によれば、デザイナーの知的生産の流れは、多くのビジネスパーソンと同じく「リサーチ」から始まるという。

ただし、デザイナーのリサーチは、ビジネスパーソンのように事実を集めるのではなく、インスピレーションの源泉となるようなビジュアルや物理的なモノなどを大量に収集することを指すようだ。併せて、自分がこれまで見てきた世界とは違う世界の情報を収集するのも重要であるという。

リサーチで大量の情報をインプットしたのちに、まったく違う物事に共通点を見出す「アナロジー」と呼ばれる手法によって、発想を飛躍させることが、新しいモノを生むときのデザイナーの思考法であると著者は説く。つまり、自分から身近な世界に関する知識と、まったく知らない世界の知識を結びつけることで、新しいアイデアを生むというわけである。

そして、チームやステークホルダーに対するコンセプトのプレゼンのときには、通常のビジネスパーソンのように、事実の積み上げによって、周囲を説得するための資料を作るのではなく、周囲の共感を呼び覚ますような印象的なストーリーとビジュアル(たとえば、ストーリーを表現したポスターなど)などを駆使するという。こうしたことから、デザイン思考の大学の授業では、リサーチで自分が学んだことを、わずかな文字で表現したり、ポスターにしたりといった演習も行われているようである。

同じ顧客中心の商品開発でも違いがある

一方、デザイン思考による新商品開発のアプローチでは、顧客理解が起点となる。その点で、顧客中心型の通常の新商品開発と同じアプローチのように思えるが、P&Gなどが従来から展開してきたMBA流の新商品開発のアプローチと、デザイン思考のそれとでは異なる部分が多くあるようだ。

著者によれば、新商品開発におけるMBA流の顧客調査/分析のアプローチでは、誰もが同意できる客観的な「正しさ」が重視されるが、デザイン思考で重視されるのは、客観的な正しさよりも、アイデアを生み出すための主観的だがユニークで面白いストーリーを集めることであるという。また、リサーチ結果を統合して課題を定義するプロセスも、プロトタイプ作成のプロセスも、MBA流とデザイン思考では大きく異なるようだ。

例えば、MBAでは課題を個条書き書きにしてまとめて、戦略に変更があるときにはそれを追記するというアプローチを取るが、デザイン思考では、リサーチで学んだ顧客のインサイトの関係性を図示した1枚のビジュアルを作成し、チームとして解決すべきだと確信した課題について、解決の宣言文を作るという手順を踏む。

そしてプロトタイプ作りでは、MBA流では商品戦略とコンセプトを固めたうえで、プロタイプを作るチームを正式に発足させるが、デザイン思考では、コンセプトの初期段階でプロトタイプを作り、それを顧客に提示して検証をかさねていくことで、どのアイデアを次のプロタイプ作りに進めるかを決定していくという。これはまさにデザイナーがクライアントとアイデアを詰めていく方式である。

このほか、本書では、デザイン思考での顧客理解やコンセプト作りや、プロトタイプ作りに使われる「カスタマージャーニーマップ」「共感マップ」「ビジネスモデルキャンバス」などの手法/ツールについても、ひととおり使い方や役割が解説されているので、ツールや用語を整理するうえでも便利そうだ。

もっとも、普段からデザイナーとの交流があるマーケティング部門や商品開発・企画の方にとっては、本書の内容は直感的に理解できる部分が多いかもしれないが、そうでない方にとっては、少し分かりにくい部分が多いかもしれない。章建てや章見出しについても、完全な教科書としての作りにはなっていないので、それぞれを熟読しないと何が書いてあるのかが分かりにくく、かつ、デザイン思考の枝葉のところは理解できても、「デザイン思考とは何か」という全体像をとらえるのには、少し苦労するかもしれない。とはいえ、熟読すれば、デザイン思考について疑問に感じていたことが解消され、活かしどころが見えてくるはずである。