『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』

著者:新井 紀子
出版社:東洋経済
出版年月日:2018/2/25

AIは言葉の意味が理解できない!しかし、人間も…….

本書はAI時代の教育のあり方、人の生き方を説いた一冊である。著者の新井紀子氏は、国立情報学研究所教授で専門は数理論理学。一橋大学法学部を卒業したのちにイリノイ大学数学科を卒業。東京工業大学で理学博士号を取得し、2011年から、「人工知能は東大に入れるか」プロジェクトのディレクターを務めている。

著者のこの経歴から、「これからAIがなんでもできる時代がやってくるので、その中で、教育はかくあるべき」といった論調の本かと思いきや、前半部分は、今日のAI技術の限界や問題点を、数学者の視点で鋭く指摘することに費やされている。その指摘に対して、AIの研究者からは反論が多く出るかもしれないが、説明が論理的なので納得がいく。

著者は、AIがコンピューター(計算機)である以上、人間の言葉の「意味」は理解できないと言い切る。理由は、計算機というものは、それが、ノイマン型であれ、量子型であれ、数式に置き換えることのできないもの──つまりは、数学で使える3つの言葉「論理」「確率」「統計」に置き換えられないものは計算できないからだという。

著者によれば、「論理」「確率」「統計」には、物事の「意味」を記述する方法がなく、今日のAIはすべて「論理」「確率」「統計」の3つを使って、コンピューターが人の言葉の意味を理解しているかのように見せているに過ぎない。そのため、例えば、人なら簡単に理解できる「私はあなたが好き」と「私はカレーライスが好き」における「好き」の本質的な意味の違いを、数式で表現するのには高いハードルがあるというわけである。

また、だからこそ、AIは「カレーライス」という言葉に関係する画像をインターネットから探せても、「私はカレーライスを愛している」という言葉に関連した画像はなかなか探せず、今日のAIが“偏差値65の壁”を超えられない理由も、そこにあるという。さらに、同様の理由から、2029年にコンピューターが全人類の知性を合わせた以上の知性を持つようになる「シンギュラリティ」が到来することはなく、シンギュラリティという言葉の賞味期限は長くてあと2年程度(2020年ごろ)で、それに投資することに意味はないとすら著者は断言している。

もっとも、本書の主目的は、今日のAI技術を否定することではない。AIには限界があり、人にしかできない仕事は多く残されるが、その仕事をできる能力を人は保てるのか、という問題提起がこの本の主題である。

子どもたちの文・言葉の読解力・理解力はAI並み!?

著書の調べによれば、「AIと同じ間違いをする子どもたち」が非常に多くいるという。

言葉の意味が理解できないAIも、2030年ごろには、「論理」「確率」「統計」を巧みに使うことで今以上に人に近い働きができるようになるため、多くの仕事がAIに奪われる可能性がある点は、著者も認めている。それゆえに、2030年ごろに大人になる現在の中高生は、AIにはない「人ならではの能力」をしっかりと維持する、あるいは磨いておく必要があるものの、本書によれば、多くの中高生の「文・言葉の読解力・理解力」は、“AI並み”か、それ以下で、このままでは大変なことになるという。

実際、著者は、AIに読解力をつけさせる研究をもとに、人間の「基礎的読解力」をチェックする「リーディングスキルテスト(RST)」を独自に開発し、中高生を対象にその試験を行った。その結果、AIが苦手とする分野 ── つまりは、人がAIに対してアドバンテージを確保しなければならない分野である「推論」(文の構造を理解したうえで、常識や経験などの知識を総動員して文章の意味を理解すること)や「イメージ同定」(文と図版を見比べて、両者が一致しているかどうかを判定すること)、「具体例同定」(定義文から、それと一致する具体例を同定すること)などについて、中高生の読解水準が非常に低く、「2030年のAI」に対してアドバンテージが確保できるレベルにはないという。

本書には、中高生に出された問題例と中高生の正解率が細かく紹介されているが、著者が指摘するとおり、問題の平易さから見て、中高生の正解率はかなり低い印象を受ける。また、問題への回答は3~4つの選択肢の中から正解を選ぶ選択式で、当て推量でも25%から33%の確率で正解できるのだが、その確率をも下回っている中高生の割合も大きいと著者は嘆いている。

こうしたことから著者は、2030年ごろに労働者の半数がAIによって職を失い、AI恐慌が起きても不思議はないと警鐘を鳴らす。そして、そうならないためには、人間にしかできないこととは何かを考え、能力を磨き、実行に移していくことが肝心であると結んでいる。この辺りの結論づけは、AIや子どもたちの問題点を指摘しているときと比べて鋭さは感じられないが、2030年はあと10年ちょっとの近い未来。それまでに、中高生、そして大人たちも、基礎的読解力は身に付けておいたほうが無難なようだ。