そんな中で、自分の未来をどう描けばよいのか──。悩める中間管理職者に、健康社会学者の河合 薫氏がワンポイントアドバイスを贈る。
アドバイザープロファイル
河合 薫(かわい かおる)
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究に関わるとともに、講演・執筆活動を精力的に展開。働く人のインタビューをフィールドワークとし、その数は700人に迫るという。日経ビジネスオンライン/ITmediaビジネスオンラインにもコラムを連載中。
相談者B氏プロファイル
● 職位:大手企業の中間管理職者
● 年齢:30代後半
● 直面する課題:自己肯定感の低い部下の扱い
● 転職希望:特になし
● キャリアップの意欲:特になし
今回紹介する相談者B氏は、某大手企業で技術者として働き、現在は人材育成のスペシャリストとして10数名の部下から成るチームを率いている。過去に昇進を猛烈に意識して挫折し、今日では、自分は自分、会社は会社という割り切った考え方の下で日々を送る。目下の悩みは、自己肯定感の低い、自分より年上の部下の扱いをどうするかだ。そんなB氏に河合氏がアドバイスを贈る。
年上部下との付き合い方
河合氏:では、Bさんの悩みについて改めて聞かせてください。
B氏:一つ挙げるとすれば、自己肯定感が低くてクレームの多い自分より年上の部下の扱いをどうするかです。その人の自己肯定感の低さは、過去の職場の問題で、何かあるたびにパワハラ的な怒られ方をして、誰も助けてくれなかったことが原因のようなのですが。
河合氏:なるほど、そんなふうに原因がわかっているなら、ご自身で、その方をどう扱うかは決めておられるのではないですか。
B氏:ええ、決めています。とにかく事あるごとに話を聞いて、少しずつ自己肯定感の低さを解消してもらえればいいと考えています。
河合氏:ならば問題はありませんし、ご自分が信じることをやるのが最も大切なことです。ただ一つ、覚えておいていただきたいのは、年上を決して甘く見てはいけないということです。
B氏:と言いますと。
河合氏:たとえば、年上の男性部下を持った女性の上司はよく、年上部下にこんな不満を漏らします。『うちの部署のオジサンたちは働かないし、モチベーションも低くて、仕事をすぐに人に押し付け、さっさと帰ってしまう』──。ただ、そう批判されている“オジサン”たちに話を聞くと、上司を支えようとする気持ちが強くあり、それが上司に伝わっていないだけの場合が少なくないんです。
B氏:意外ですね。
河合氏:ですよね。なので、Bさんの年上部下の方を一方的に“助ける”といった態度だけを示さず、ときには「頼っている」ふうを見せることが大切かもしれません。人というのは、人から必要とされている、あるいは、人の役に立っていると思えることが、最も自分を肯定できることですから。
B氏:その意味では、かなり仕事は振ってはいますね。もちろん、もう少し親身になってあげればいいかなとは思いますが、一方で、どこまで親身になるべきかの迷いもあるんです。今の自分は、会社は会社、プライベートはプライベートと割り切ってもいるので。
河合氏:ときには親身になることを忘れてもいいと思います。でも、その迷いというのはご自身の負担ということでしょうか。過去に少しつらい経験があったように思えますが。
B氏:ええ、ありましたね。5年ほど前に、がむしゃらに昇進を求めていたのですが、それに挫折して、もう二度と、そんな経験はしたくないと考えるようになりました。
仕事に真摯に向き合う姿を見せる
河合氏:ポジションに対するこだわりを捨てたというのは、特に悪いことではないと思います。下から突き上げがあったら、ポジションを譲ってもいいくらいの気持ちなのでしょう?
B氏:そうですね、万が一、自分より優秀な部下が出てきたとしたら、その人に負けないように頑張ろうとは思いますが、ポジションアップを狙う部下の邪魔をしようとは一切思っていませんね。
河合氏:そう、それでいいと思います。
B氏:ところで、せっかくの機会ですので、部下から信頼される秘訣について、お聞きしたいのですが。やはり、モチベーションを常に高く保つことが大切なんでしょうか。
河合氏:うーん、私は逆にモチベーションがやたらと高い上司は嫌ですね。ときおり、『上司は常に明るく、現場を盛り上げるべき』とか『劇場の中の主役であれ』と主張するリーダーシップ本がありますが、いつも仕事で頑張っている部下からすれば、そんな上司に無理やり盛り上げられたところで『うっとうしい』だけですよね。
B氏:ならば、どう振る舞えば。
河合氏:真摯に仕事に向かう姿、愚直さは年齢やポジションを超えて、人の心をつかみます。例えば、悪戦苦闘している姿を見せることです。部下というのは、そうした上司の姿に心を打たれ、格好がいいと感じるものです。『格好のいい上司』を演じようとすると、仕事で四苦八苦しているところを部下に見せたくないと考えがちになりますが、それは間違いです。汗水を拭いながら、必死に仕事に取り組む姿を見せる──。それが大切なんです。また、そうすることでご自分も楽になると思います。40代になってくると、『自分の弱い部分を周囲に見せたくない』とか、『同期に給料で1円でも負けたくない』といった感情が芽生えてきますが、そんなときに、自分が自然体でいられる居心地の良い場所、仕事に悪戦苦闘している自分を見せられる場所があるというのは大切なんです。
人生の邪魔をしない職場にいること
河合氏:40代という仕事においても、人生においても重要なターニングポイントです。私はよく30代の人に対して、『30代のときに最低でも3年間、みっちり勉強をしておかないと40代で使いものにならなくなる』とアドバイスしていますが、40代においても、自分で本当にやりたいことを見つけ、コツコツと勉強を重ねていかないと、50代で次のステージに飛躍することはできません。
B氏:言われてみれば、40代から60代の定年までは20年もありますからね。
河合氏:ですから、40代というのは、まさに「これから」の年代で、年齢を言いワケに次の目標に向けた努力を怠ってはならないわけです。バブル世代の50代の方から、「30代、40代でこれといった勉強を何もしてこなかったんですが、どうすればいいですか」といった相談を受けることがあります。そうなってしまうと本当に厳しいですよね。
B氏:確かに厳しいですね。
河合氏:そんな50代には、もう「勝手に生きてください」とアドバイスするしかないんですよ(笑)。もっとも、バブル世代にも『後先を考えずに、ポジティブな方向に直進する』という、いいところがあります。追いつめられると、他人を非難することなく、自分で何とかしようとする潔(いさぎよ)さもあります。ですから、バブル世代の人は、私に非難されても案外平気で、自分なりに勝手に生き方を選んで、どうにかしてしまう。その選んだ生き方として、『死んだフリをして、会社にしがみつく』という、下の世代にとっては容認しかねる選択もありますけど、そんな方でも、社員たちの憤懣のはけ口になっていたりと、会社としては役に立っていることが多くあるんです。
B氏:私は、『死んだフリ』をしてまで会社にしがみつこうとは思いませんが、転職しても今よりいい給与や就労環境は得られないと思うので、会社を辞めようとも考えていません。そのような考え方でいいんでしょうか
河合氏:それでご自身が納得できるなら特に問題はないですし、無理に転職を考える必要なんてないと思います。これから、本当に自分のやりたいことを見つけたときに、今の職場にいるのが適切かどうかを改めて見つめ直せばいいだけだと思います。最も大切なことは、『自分の人生の邪魔をしない職場』にいること。そのルールを守っていれば、職場はどこであろうと問題はないと言えるでしょう。
B氏:わかりました。自分の中にあった、モヤモヤがスッキリしました。本日は、貴重なアドバイスをいただき、ありがとうございました。
河合氏:こちらこそ、今後も頑張ってくださいね。