「強いチーム」の力でビジネスを成長させている企業がある。クラフトビール「よなよなエール」で知られるヤッホーブルーイングだ。地ビールブームの終息を機に落ち込んだ業績を「チームワーク」を武器に立て直し、2005年以降は右肩上がり。「働きがいのある会社ランキング」(GPTWジャパン調べ、従業員100~999人部門)でもベストカンパニーに2年連続ランクインと評価されている。
この「働きがいのある会社ランキング」で、複数の国で上位に選出され続けているのが、プロジェクト管理や情報共有のツールを提供するアトラシアン。組織の強さが評価されている。全世界で11万社以上の顧客をもち、日本でも導入企業が伸びている。タスク管理ツール「Trello」も傘下とし、企業の生産性向上や働き方改革を助けている。
かたや長野県のビールメーカー、かたや外資系のITツール開発企業。一見正反対のようにも思える2社にはどんな共通点があるのか。ヤッホーブルーイングの井手直行社長とアトラシアン日本法人のスチュアート・ハリントン社長が、「チーム」について語り合った。
「チームワーク」どうやって育てる?
――ヤッホーブルーイングとアトラシアンはチームワークがある組織として知られています。ヤッホーブルーイングはいつからチーム作りに力を入れるようになったのでしょうか。
井手: “どん底”を経験したあとからです。地ビールブームに乗って業績が順調に伸びている時はすごく仲がいいチームでした。ところが2000年ごろにブームが終わり、業績が下がっていった。そうすると、とたんに組織がぎこちなくなっていきました。社員も辞めていくし、そう大きくもない会社なのに、「あいつは○○派だから」なんていう派閥意識も生まれる。
当時の会社の雰囲気は重くて暗かったです。04年ごろから私ともう1人の2人でインターネット通販をやりだして、業績は回復していったのですが、ほかのメンバーは助けてもくれない。「インターネット通販のせいで仕事が増えた」と言われるくらいです。とうとう2人でできる規模を超えて、「みんなでやらないと成長が止まってしまう」というところまで追い込まれた。そんなタイミングで社長に就任して、「組織みんなでチームを作っていこう」という方向に舵を切ることにしました。
スチュアート: 社長に就任されたのが08年。どんなことを行ったのでしょう。
井手: 社長になってから1年くらいは我流で組織の立て直しを図ってみたのですが、どうもうまくいかない。そこで1人30万円かかる有名なチームビルディングプログラムの門を叩き……「これこそが望んでいるチーム作り。チームになるとすごいことを達成できるんだ!」と衝撃を受けましたね。早速会社に戻り、自主参加の3カ月間の研修を始めました。講師役は私です。
スチュアート: すごい行動力。反発はありませんでしたか?
井手: ありました、ありました。半ば強引に始めたので、その分トラブルは多かったです。当時は20人弱の会社で、参加したのは私含めて8人。およそ半分が業務から抜けて研修を行うので、参加していない人は「どうしてこんなことをやるんだ」と怒っていました。今振り返ってみると、自分に対して「もっとうまいやり方があるだろう!」と言いたくなります(苦笑)。
ただ、その研修に参加したメンバーに対しての効果は大きかったです。「チームよりも1人でやったほうが早いよ」から、「チームでやったほうがいいものができる」という意識にガラリと変わった。現場に戻ってから、研修の結果を発揮してくれるようになりました。それ以降、毎年同じ研修をしています。1回しか参加できない研修で、今年で9期目。140人くらいの会社ですが、80人くらいの“卒業生”がいます。
スチュアート: その卒業生が現場では“先生”になって、社内にチーム文化を広めてくれているんですね。具体的にはどういった研修をしているんでしょう?
井手: 期間は3カ月。その間に8時間の研修が5回あります。与えられた課題は「最終日までにチームになること」です。自己紹介や座学もありますし、体験型のアクティビティーなどもあります。
最初は「8×5の40時間もあればチームになれるだろう」と思うけれど、すぐにできないことを悟ります。単純なワークでも、「作戦を立ててから動きたい」と「まずはやってみよう」で意見が分かれて、ギスギスして失敗してしまう。お互いの個性が出てきたときに、合意形成と相互理解をすることの難しさを実感するんです。ではどうするか。設定されている研修の時間以外も使って、それぞれの課題を考えるんです。毎年参加者はおよそ200~300時間を使って、チームについて考え抜いています。お互いのことが分かっていくと、不可能に思えたアクティビティーも達成できる。それで「チームはすごいことができるんだ!」と気付くわけです。
スチュアート: 毎年やっていると、井手さんのほうにもノウハウがたまりそうです。
井手: 最初に自分が講師役になったのは「人数分の研修費を出す余裕がない」という現実的な理由でしたが(笑)、かえってよかったと思っています。9年間繰り返すと、研修の時間が自分にとっての復習と新たな気付きをもたらしてくれるんですね。しかも社員との濃密なコミュニケーションの場にもなる。会社が大きくなってくると、一緒に仕事をやっていないメンバーも増えます。研修を機に、その人の考えや人となりが分かるのは、経営者として大きなメリットですね。
スチュアート: 定期的に行うことが、チームや井手さんのメンテナンスになっているということですね。うちには、チームの健全性をチェックする“チームの人間ドック”のような「Team Playbook」というシステムがあるんですよ。それぞれのチーム特性に合わせて「バランスがとれたチームか?」「意思決定できているか?」といった8項目の要素が用意されていて、それが満たせているかどうかを「赤、黄、緑」の3色で評価するんです。
井手: その結果をリーダーが確認してフィードバックするんですか?
スチュアート: いえいえ、その場でチームメンバーが一斉に出して、お互いに確認するんです。上司も部下も、チームに対する評価をオープンにします。私もこの間チェックに参加しましたが、全員が緑を挙げた項目は8個中1~2個くらいしかない(笑)。
井手: おお、手厳しい!
スチュアート: メンバーが「もっとよくなれる」と思ってくれているからこその評価なんだ……と受け入れます(笑)。ただ、この「誰が何を言っても怒られない」というオープンな環境が非常に重要だと思っています。子どもがこの間「スキーの練習で一度も転ばなかったよ!」と褒めてほしがっていたのですが、「待て待て、それは偉くないぞ。転ぶ練習ができていないということじゃないか」と返しました。
会社も同じで、セーフティネットが必要。怒られるのが怖くて失敗を避けるような文化では、イノベーティブな発想は生まれません。アトラシアンでは「人の給料以外」は全てオープンになっています。
企業文化と仕組み作り
スチュアート: 対談の前に社内を見学させていただきましたが、メンバーの写真を貼ったボードや、会社のミッションやビジョンが掲出してあるスペースが目に留まりました。実はアトラシアンも、全世界どこの拠点に行っても、玄関に5つのバリューが貼ってあるので、「同じだ!」と(笑)。
井手: 社内文化を浸透させるための取り組みの1つです。「自分たちはどういう組織なのか」という“らしさ”が分かっていないと、同じ方向を向いて仕事はできません。明文化した経営理念(ミッション)を、僕だけが口を酸っぱくして言っているだけでは伝わらない。社員一人一人がアウトプットできることを目指しています。
また、「YOY(よい)ね大賞」という、経営理念を実践している事例をみんなで投票する社内イベントもやっています。「あの人の行動は『フラットな文化』を体現しているね」とか、「あの人の対応はまさに『顧客志向』だったよね」と投票して、大賞を決める。毎年投票もかなり盛り上がりますし、そのあとの懇親会でもアツいディスカッションが交わされます。
スチュアート: 日頃バリューを目にしていることで、プロジェクトの立案や評価をバリューに沿って行えるんですよね。チーム作りと経営理念は一体だと思います。
井手: 「仕組み作り」もとても重要だと思っていて。ヤッホーブルーイングの文化として「コミュニケーションの質と量を高める」ということがありますが、それも個々のコミュニケーション能力に頼るのではなく、仕組みにするようにしています。ニックネームを設定して、上下関係なくあだ名で呼び合うこと、業務終了後にみんなで集まって行うクラブ活動、社内でビールを飲む「社内Bar」、全社員研修のあとの恒例の飲み会である「裏宴」……みんなあの手この手でコミュニケーションを取るための仕組みです。
スチュアート: 会社にとって重要なことほど、仕組みにする必要がある。アトラシアンは毎週金曜日を「ハッピーフライデー」としていて、午後5時くらいからカジュアルな飲み会が始まります。そのために社内にワインセラーを導入してしまいました(笑)。それから全世界のメンバーに「ありがとう」を伝えられるシステム「Kudos!」があります。感謝したいチームメンバーにギフト券やお酒といったプレゼントを送れるもので、会社がその費用を持ちます。
井手: 「ありがとう」が形として残るし、お互いに感謝の気持ちを表現することができるということですか。ITを活用した仕組み作りは面白いですね。
どうする? 文化の浸透
スチュアート: ヤッホーブルーイングさんは10年間で社員が7倍になっています。新しいメンバーにこうした文化を浸透させるにはどのようなことをしていますか?
井手: ありがたいことに求人にたくさん応募していただけるのですが、その中で「文化に合う人しか採らない」ことを徹底しています。面接でも「スキルの高さ」よりも「経営理念に共感しているか」「一緒に働けるか」ということを重視するのが大前提。その上で、新しく入ってきたメンバーには1カ月の研修をやってもらいます。
「ヤッホーでの仕事のやり方」を座学や体験型で学ぶ入社後研修の“総仕上げ”が、1つのプロジェクトをやってもらうこと。会社が直面しているけれど解決できない課題を、「新人ならやってくれるだろう!」とある意味ぶん投げる(笑)。都内に展開している公式ビアレストラン「YONA YONA BEER WORKS よなよなビアワークス」も、ファンイベント「よなよなエールの超宴」も、そうした中でプロジェクトとして磨き上げられていきました。
――アトラシアンはいかがですか?
スチュアート: 当社の採用は、「ビール」がすごく重要なんです。採用面接の最終段階では「ビールテスト」をやります。これはもちろん実際にビールを飲むテストではなくて、チームメンバーが「この人は一緒にビールを飲みたい仲間かどうか」を確かめる。どんなにスキルがあっても、一緒にビールを飲みたくない人と一緒に働くことはできません。「人事が採用する」のではなく、「チームで採用する」のです。
そして採用となったら、最初の“儀式”として「ビールバイク」があります。新メンバーが最初に迎えた金曜日の午後、社内で自転車に乗ってビールを配ってまわります。
井手: 社内で自転車に乗るんですか!
スチュアート: 偶然その日に来社していた社外の人はみなさん驚きます(笑)。新人は「自分がどういう人間か」の宣伝もできるし、他のメンバーが何をやっているかが分かる。次に同じプロジェクトで一緒になった時も、ビールバイクでの会話をきっかけにコミュニケーションができます。
井手: 素晴らしいし、ユニークな取り組みですね。うちもちょっと試してみようかな(笑)。
強い企業になるために
――チームワークの強い企業になるために、欠かせないことはなんでしょうか。
井手: 一番必要なのは「諦めない」ことですね。「チームワークで会社を変えたいんです」と言ってる人の多くが、途中で諦めてしまう。ヤッホーブルーイングでも、チームビルディング研修を始めてから2~3年目は批判の声がたくさんありました。3年目から少しずつ変わっていって、5年目にようやく「チームが大事」という雰囲気がベースになるように。チーム作りが売り上げにつながるまでにはとにかく時間がかかります。待てなかったり、本気でやっていなかったりすると、チーム強化の取り組みが立ち消えになってしまう“壁”を乗り越えられない会社は少なくない。
僕は正直、チームワーク作りが得意なわけではありません。ただ諦めずに理想を追い続けて、もっといい会社にしたいと思っているだけ。逆に言えば、諦めずにトップがやり続けていけば、やれないはずがないんです。
スチュアート: 日本のお客さまと話していると、「いわゆる日本企業には100くらいの課題があるな」と感じます。組織にスピード感やフラットさがなく、間違いを恐れている。高い目標を達成するには、自分とは違う考え方の人や、自分よりもできる人のアイデアが欠かせないですし、間違いを恐れずにさまざまな挑戦をしなければいけない。世の中のソフト開発が当たり前にアジャイルになっているように、ビジネスもアジャイルになるべきです。
井手: 1人だと、本当に大した仕事はできないんですよ。ところが多くの企業で、チームワークが悪いために、「1人でやったら100だけど、2人でやっても100+100=200にならない」ということが起こっている。でも僕は100と100が化学反応を起こして、300~400になれるはずだと思っていますし、実際そうなってきました。ヤッホーブルーイングの従業員は140人ですが、500~1000人の力が出せていると思います。チームワークは諦めなければ業績にも影響が出てきます。
スチュアート: 成功する会社とはすなわち、いいチームですよね。ワークライフバランスが重視されるようになっていますが、人生の半分以上は会社にいるわけですから、ワークが楽しくないとハッピーにはならない。社員が仕事を楽しんでいなければいいチームはできない。いいチームがなければいい商品はできない。会社が生き残るためにも、いいチーム作りを目指すのは当たり前のことではないでしょうか。
井手: 業績に影響するのはいち経営者として重要ですが、1人の働く人間としても、いいチームで働いているほうが楽しいです(笑)。ヤッホーブルーイングのミッションは「ビールファンに幸せを届ける」こと。楽しく働けるからこそ、お客さまを幸せにできると信じています。