「競争戦略」とは何か
「競争戦略」とは、競合に打ち勝つための戦略を指す言葉だ。本来的には定義は1つしかないはずだが、世の中には競争戦略について数多くの解釈がある。その中でよく見受けられる間違いが「戦略」と「計画」との混同である。
企業の事業に関する計画は戦略によって導かれるものである。そのため、戦略と計画とを混同してしまうのは、ある意味で仕方のないことだ。ただし、戦略は計画ではない。ときおり、競争戦略について「市場で競争優位に立つための中長期的な計画」と解釈している向きを見かけるが、これは間違いである。
では、競争戦略とは何なのか──。
私はアトラシアンで働く中で、自社(ないしは、自社製品)の競争戦略の策定に幾度もかかわってきた。その経験を通じてたどりついた定義は次のとおりである。
「競争戦略とは、競争の激しい市場において、自社の限りあるリソースを正しく割り当てるためのアートであり、このアートにより、当該の市場で自社の進むべき道筋がナビゲートされる」
戦略策定に向けたステップ
私はまだ専門家ではない。ただし、学問としての企業戦略について多くを学び、アトラシアンでは競争戦略策定の実践も重ね、成果を上げ、また失敗からも学んできた。ゆえにいまでは、他のチームによる競争戦略の立案も支援しており、そのために必要なスキルと知識を十分に蓄えていると自負している。
以下、そんな私の経験と知識を基づきながら、競争戦略策定に向けた5つのステップについて紹介する。
ステップ1: 課題と成功を明確に定義する
この最初のステップは、経験豊富なストラテジストから聞いたアドバイスの中で、最も
効果的だった教えに基づいている。そのアドバイスとは「戦略の策定時には、戦略によって解決すべき問題と達成すべき目標を明確化することに多くの労力と時間を費やすべき」というものである。
これは当然のことのように聞こえるかもしれないが、意外と見過ごされがちなプロセスであり、戦略策定時に解決すべき課題を見誤り、のちのすべの努力が無駄になることが往々にしてある。
例えば、仮にあなたがアトラシアンの社員であり、「ポッドキャスト」のサービスを新たに立ち上げ、その競争戦略を策定する必要に迫られたとしよう。以下は、それに向けて作成する課題提起文(宣言文)の例である。
アトラシアンのミッションは、あらゆるチームの可能性を解き放つことであり、これを果たすうえでは、これまでの顧客のみならず、文字通りあらゆるチームにリーチしなければならない。
また、(コロナ禍の影響により)チームのメンバーがリモートに分散して働くことが多くの企業で常態化し、その結果として、チーム内コラボレーションや業務を管理する難度と重要性がともに高まっている。ゆえに、アトラシアンでは製品を提供するだけではなく、分散チームにおけるコラボレーションを適切に管理するテクニックやノウハウを情報として提供していかなければならない。
すでにアトラシアンでは、ブログやソーシャルメディアへの投稿を通じて、分散チームのコラボレーションに関するさまざまなアドバイスを顧客や見込み客に対して提供している。ただし、コンピュータの画面で文字情報を読むことに飽き飽きしているオーディエンスが相当数おり、現状ではそうした人々にリーチする手段を有していない。したがって、オーディオストリームを通じてアドバイスを提供する必要がある。
また、こうした課題提起文を作成するのと併せて「自分たちは、どの市場に参戦してプレイするのか」と「競合にどう打ち勝つのか」の2点について自問し、答え出しておく必要がある。その自問の内容は下記のとおりである。
どの市場に参戦し、プレイするのか?
- 自分たちの市場機会は何なのか?
- ターゲット顧客は誰なのか?
- ターゲット顧客の課題とは何か?
- 市場での競争はどのような状態にあるのか?
競合にどう打ち勝つのか?
- 競合他社に対してどのように差異化するのか?
- 自分たちの強みは何なのか?
- 自分たちだけが有するチャンスは何か?
- 勝利のために何に投資する必要があるのか?
ステップ2: 市場と顧客のことを可能な限り知る
競合相手がゼロ、ターゲット顧客もゼロのまったく新しい市場に向けて戦略を立てるのは簡単である。ただし、そのような新市場を立ち上げるには相当のコストが必要であり、戦略を立てる以前に解決すべき問題が山のようにある。
したがって、競争戦略は大抵の場合、すでに出来上がっている市場に対して参入するためのものとなる。その戦略を練るうえで必須のステップとなるのが、ターゲット市場のことを可能な限り調査し、理解することだ。具体的には、ターゲット顧客や市場のアナリスト、専門家に直接ヒアリングをかけて情報を収集し、それを土台に(あるいは裏づけとしながら)上記「ステップ1」で示した自問への答えを組み立てることが大切なのである。
もちろん、自分にとっての未知の人に直接アプローチして情報を収集するというのは、なかなか勇気のいる取り組みである。ただし、その試みを幾度か繰り返すことで「人は基本的に自分の経験や知識を他者と共有することを好む」という事実に気づくはずである。要するに、自分にとって不利益をもたらす人物ではないと判断した相手に対しては、自分の体験・知識を快く話してくれる人は少なくなく、戦略策定に向けたヒアリングは成功することのほうが多いと言えるのである。
また、未知の市場、ないしはコミュニティに対してまったくつてがないような場合には、営業チームやカスタマーサポートチームに協力を要請し、自分がヒアリングをかけたい相手にアプローチする糸口を一緒に探してもらうという手もある。
ちなみに、上述した「ポッドキャスト」の競争戦略を策定するのであれば、分散ワークにおけるチームのコラボレーションを効率的に行いたいと望む層がターゲット顧客(ターゲットオーディエンス)となる。したがって、分散ワークに関するブログなどを好んで読んでいる読者にアプローチして、ヒアリングをかけることが必須になる。またそれだけではなく、ポッドキャストのクリエーターやClubhouseの利用者、ソーシャルメディアのトレンドをカバーするジャーナリストなどにもヒアリングをかけ、話を聞き出すことが必要になるはずである。