不安なしに考えを表明できる環境が重要

本書のタイトルになっている「心理的安全性」とは、組織や企業で構成員や従業員が安心して自分の考えを発言したり行動に移したりできることをいう。本書では、恥ずかしい思いをするとか、無視されるとか、仕返しされるといった不安なしに、懸念や間違いを話すことができる環境が重要で、わからないことは気兼ねなく質問し、同僚を信頼できる状態が必要だと説かれている。

心理的安全性という概念は、1960年代から提唱されるようになったもので、1999年に本書の著者であるエイミー・C・エドモンドソン(ハーバード・ビジネススクール教授)が、グループレベルでの現象であることを検証した論文を学術誌で発表した。それにより、今日の経営学では心理的安全性の重要性が認識されている。

どんな組織でもミスは必ず起こる。しかし心理的安全性のある組織では、ミスは迅速に報告され、すぐさま修正される。あるいはミスが起こる前にメンバーによって危険が指摘され、ミスを回避できるかもしれない。組織や企業が成長していくために、心理的安全性の重要性は決定的である。

心理的安全性なしでは「逆らえないと口をつぐむ」

本書は心理的安全性の理論について事例によって明らかにし、どのように対応すればよいかという実践へとつなげていく内容となっている。

第1部「心理的安全性のパワー」では、心理的安全性の概念と重要性を、病院の例を挙げて説明している。病院では薬の処方の些細なミスが時に命取りになりかねない。医師の処方がおかしいと気付いた看護師あるいは薬剤師が、医師には逆らえないと口をつぐむか、率直に問い合わせるかで結果は変わってくる。そのためには日ごろから心理的安全性が確保されているかが重要である。

第2部「職場の心理的安全性」では、心理的安全性を欠いた組織の失敗例 (フォルクスワーゲン、ウェルズ・ファーゴ銀行、ノキア、ニューヨーク連銀、NASA、KLMオランダ航空、ダナ・ファーバーがん研究所、福島第一原子力発電所、ウーバー・テクノロジーズ) と、心理的安全性を持った組織の成功例 (ピクサー・アニメーション・スタジオ、ブリッジウォーター・アソシエイツ、アイリーン・フィッシャー、グーグルX、バリー・ウェーミラー、「ハドソン川の奇跡」と呼ばれるUSエアウェイズの緊急着水事故、ダヴィータ、アングロ・アメリカン、福島第二原子力発電所) を紹介している。ただ、福島第二原子力発電所に関しては、その実態を著者以上によく知っている日本の読者には、成功例と呼ぶことに疑問を感じるかもしれない。

ミスは次のステップへの重要な契機になる

第3部「フィアレスな組織をつくる」では、心理的安全性を作るためにリーダーは何をなすべきかを解説している。そのためのツールキットとして、「土台をつくる」「参加を求める」「生産的に対応する」の3つを挙げる。

例えば「ミスを調査する」を、「ミス」を「事故」に「調査」を「研究」に替えて、「事故を研究する」とすれば、ミスの報告をしやすい環境を作ることができる。用語ひとつで環境を変えていけるというわけだ。

またミスはそれで終わりではなく、次のステップへの重要な契機になる。そのことを納得すれば報告の重要性も理解され、組織への積極的な参加も促される。

さらに、部下の率直な報告・発言に対して、リーダーは怒ったり、見下したりしてはならない。感謝し、敬意を払い、前進する道を示す必要がある。

リーダーに必要な資質は、気さくで話しやすく、自分が完璧ではなくミスをする人間であると認識していることだ。そしてリーダーは、他のスタッフが発言しやすいように的確な言葉で意見を求めなければならない。

心理的安全性は重要だがそれだけでは不十分

さて、心理的安全性は組織が成功するための重要な条件ではあるが、それさえあればよいというわけではない。いくら心理的安全性があっても、組織の目的が間違っているならば成功はおぼつかないだろう。また組織のメンバーに必要なスキルがなければ、やはり成功は期待できない。

また、「心理的安全性のある組織をつくる」と言うのはやさしいが、行うのは難しい。それは心理的安全性が必要なことは誰も賛同するけれど、実際に実現している組織がいかに少ないかを見ればわかる。

さらに、第2部の失敗例と成功例を読むと、失敗例では心理的安全性が0パーセントで、成功例では心理的安全性が100パーセントのように見えるが、実際の組織では0パーセントも100パーセントもないだろう。程度問題なのだ。

しかも、仮に心理的安全性が確保できても、組織と周りの状況は常に変化しているので、すぐに、また容易に心理的安全性が崩れかねない。心理的安全性は常に高めるための努力をし続けることが必要だ。努力がないと、なあなあの環境になってしまう。

本書は心理的安全性の重要性を、多数の実例を示して解説している。本書を読み終わったなら、すぐにでも読者自身の属する組織で心理的安全性が確保されているか反省するに違いない。本書が力説する心理的安全性の重要さについては、十分に納得できるものだから。

著者   :エイミー・C・エドモンドソン
訳者   :野津智子
出版社  :英治出版
出版年月日:2021/2/3

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