アマゾンによる買収後のストーリーを社員たちが綴る

本書は、米国のオンライン靴店ザッポスの成功・成長を支えた顧客サービスや組織改革がどのように実践され、それによって何が起きたのかを、CEOのトニー・シェイ氏や社員・関係者(ザッポス・ファミリー)が記した一冊だ。2010年12月に日本で出版された『顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説~アマゾンを震撼させたサービスはいかに生まれたか~』(ダイヤモンド社)の続編でもある。『ザッポス伝説』では、ザッポスがアマゾンに買収される前のストーリーがCEOのシェイ氏によって語られたが、本書『ザッポス伝説2.0』では、買収後の同社の物語に多くのページが割かれている。

ご存知の方も多いと思うが、ザッポスCEOのシェイ氏は、天才的な経営者として米国では著名な人物だ。台湾移民の2世として米国で育ち、ハーバード大学でコンピュータサイエンスを学んだ同氏は、卒業後、大手IT企業オラクルに入社し、在籍中にアドネットワークの会社であるリンクエクスチェンジを立ち上げ、成功させる。のちの1999年(シェイ氏24歳のとき)に、リンクエクスチェンジをマイクロソフトへ2億6,500万ドルで売却して投資家に転身し、投資家兼経営アドバイザーとして参加したザッポスのCEOに就任する。

シェイ氏率いるザッポスは、“アマゾンをも震撼させる”ハイペースで成長を続け、全米に“ザッポスファン”を拡大させた。結果、1999年の創業から10年足らずで年間売上高が10憶ドル規模に達し、「靴はオンラインでは売れない」という常識を覆した。

一方で、2008年のリーマンショックに伴う金融不安もあり、シェイ氏をはじめとする同社の経営幹部は2009年にアマゾンに買収される道を選ぶ。ただし、買収後もザッポスは経営の独立性が維持され、2013年には本社をラスベガスのダウンタウンに移転し、顧客・社員・地域・株主の全てを幸せにするビジネスに力を注ぐ。

そして2014年1月に、チームの自己組織化による変化への対応力強化とレジリエンシーの向上を目的に、上司も部下もいないホラクラシー(ティール)組織への大転換に踏み切り、今日に至っている。本書によれば、約1,500人の従業員を擁するザッポスは、世界最大規模のホラクラシー(ティール)組織であるという。

コーポレートバリューへの共感と体現

本書は大きく以下の3つのパートに分かれ、ザッポスの成長や組織の大改革が、どのように成し遂げられたのかを、社員・関係者やシェイ氏が、それぞれの体験談を交えて語っていく構成になっている。

  • PART1:私たちは最高につながっている
  • PART2:私たちは育み、成長し続ける
  • PART3:私たちは自分を新しく創造する

PART1では、全米に数多くのザッポスファンを生んだ顧客サービスがいかなる企業文化の下で育まれ、どのように実践されてきたのかを、主としてサービス提供の当事者である社員が語っている。また、PART2以降は、ホラクラシー導入によるティール組織への転換をメインテーマに据え、転換の目的や転換によって引き起こされた社内の混乱、さらには混乱から成果の創出へと連なるストーリーが語られていく。

そうした本書の全体を通じてザッポスが読者に伝えようとしている一つは、私利私欲のない最上級のサービスによって、顧客・社員・株主・周辺地域の幸せを追求することが、最終的に企業の成長・発展、サステナビリティの向上につながるというものだ。

無欲で徳を積めば、必ず見返りがあるという教えは古くかあり、顧客・社員・周辺地域の幸せに貢献してこそ商(あきな)いが長続きするという考え方は、近江商人の「三方よし」の理念にも通じるもので、ザッポスの考え方にそれほどの新鮮味はない。ただし、考え方自体には強く共感される方は、かなり多いのではないだろうか。

しかもザッポスの場合、データを大切にする現代のEC企業らしく、無欲で人の幸せを追求することで生まれる見返りの大きさもデータとして示している。

例えば、ザッポスのサービスにクレームを入れてきた顧客に対して、顧客の立場になり、自社の損得を度外視して満足のゆくサービスを提供すると、当該顧客の生涯価値は通常の5倍近くに跳ね上がるという。こうしたデータを見せられると、少し疑り深い方も、ザッポスの考え方の正しさに納得がゆくのではないだろうか。

またザッポスでは、顧客にとって最高のサービスが提供できる会社であり続けるために、以下のようなコーポレートバリューを2006年から掲げているという。

  1. サービスを通じて「ワォ!」という驚きの体験を届ける。
  2. 変化を受け入れ、変化を推進する。
  3. 楽しさとちょっと変なものを創造する。
  4. 冒険好きで、創造的で、オープンマインドであれ。
  5. 成長と学びを追求する。
  6. コミュニケーションにより、オープンで誠実な人間関係を築く。
  7. ポジティブなチームとファミリー精神を築く。
  8. より少ないモノからより多くの成果を。
  9. 情熱と強い意志を持て。
  10. 謙虚であれ。

このコーポレートバリューは、ザッポスの全社員が共有する価値観であり、行動規範でもある。そして、本書に登場するザッポスの社員たちは、全員が、このコーポレートバリューの体現者であり、彼らの成功談はコーポレートバリューを体得したことによるものとして位置づけられている。

本書によれば、ザッポスでは、このコーポレートバリューを人材採用や新人教育の場でも活用しており、価値観に共感し、体現できるかどうかを採用の基準とし、新人教育では4週間もの時間をかけて、コーポレートバリューと企業文化の研修が展開され、それを通じてザッポスにフィットしないと判断された人は、研修に参加した日数分の給与は支払われるものの入社は許されず、退社を余儀なくされるという。言い換えれば、ザッポスの場合、面接を通過した時点では仮採用にすぎず、4週間は“仮採用者”に給与を支払いながら、適正チェックを行うというわけだ。この辺りには、コーポレートバリューや企業文化に対するザッポスの強いこだわりが見てとれる。と同時に、会社の価値観・ビジョンに対する社員の共感を経営の柱とする“共感経営”を追求することが、どのようなことかも知ることができる。

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