昨日、こんな夢を見た
昨日、こんな夢を見た。新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行後、初めてオフィスに出勤している夢だ。
夢の中のオフィスでは、私たちが長年愛用してきた共用のキッチンテーブルが撤去され、自分のデスクは透明のプラスチックシールドで囲まれている。オフィスでは、あれほど活発だったチームメイト同士の会話は一切なく、シーンと静まり返り、キーボードを叩く音しか聞こえない。皆は、隣の席にいる相手とも、チャットツールのSlackを通じて対話をしているようだった。加えて、オフィスには消毒剤の臭いが漂い、私は家に帰りたくてしかたがなくなる。ところがなぜか、帰宅が許されない。いよいよ追い詰められたそのとき、目が覚めて悪夢から解放された。
幸いなことに、私たちを待ち受けている未来はここまで酷くはない(と願う)。もちろん、企業によって状況は異なり、私たちも多数の人と直接接することに相応の不安を感じている。とはいえ、自宅での“軟禁状態”を長く強いられてきた相当数のビジネスパーソンが、チームメイトたちと直に会い、対話を楽しみ、リフレッシュしたいと望んでいるはずである。
ただし、問題はそこからである。
自宅という殻(カラ)から抜け出して、人々と交わるというコロナ後初のスリルを味わったのちは、オフィスの文化を再構築し、数カ月間にわたるリモートワークで学んだことをどのように活かしていくかについて決めていかなければならない。
もちろん、企業によっては、従来と同じ働き方に戻すだけでことを済まそうとするかもしれない。ただし、それでは大きな変革のチャンスを逃すことになり、コロナ後のニューノーマルの時代から取り残されてしまうおそれが強まる。
「ありのまま」が受け入れられ、歓迎される時代へ
世の中の人間は、ほぼ全員(いや、全員)が完璧ではない。にもかかわらず、かつての仕事の場では、自身を完璧に近い人間に見せようとする意識が強く働いていたように思える。それがコロナの影響により、ビデオ会議ツールの活用が一般化したことで、その人の「本来の姿」が垣間見られるようになり、受け入れられ、歓迎される時代へと突入しつつある。
ビデオ会議の参加者のお子さんが突然画面に登場したり、上司との1対1(1 on 1)ミーティングの際に、上司の背後に見えるキッチンコーナーに朝食のお皿が見えたり。そう、私たちは誰もが不完全で、愛すべき人間である。そのことを誰に知られたとしても、実はさしたる問題ではないのだ。
それでもビジネスパーソンの中には、職場において、ありのままの自分を見せ合うことは、プロ意識や礼儀正しさの低下につながると懸念する向きもいる。ただし、私はそのようなことはないと考えている。むしろ、仕事の場においては良い変化になるのではないかとすら感じている。
「ありのまま」であることは、表面上、オフィスでのドレスコードを緩めるようなものかもしれない(結局のところ、スーツを着ていないときでも人間の脳は完璧に機能しているが)。しかし、本質的なポイントは、意欲を持って業務にのぞんでいるか、そしてチームメイトに対してオープンであるか、ということではないだろうか。
コロナ禍での対応を通じて得た経験・教訓は仕事にも適用できるはずである。「ありのまま」を受け入れることで、自分たちが手がけるプロジェクトについて、以前にも増して客観的にとらえることができ、より率直に意見が出し合えるようになっているのではないだろうか。かつて、悪いニュースはとかく軽視されたり、無視されたりしてきたが、そうしたところで悪いニュースは消え失せない。ゆえに、プロジェクトをあるべき方向に前進させたければ、全てについて透明性を確保し、実利主義を貫き、アクションプランを立て、すみやかに実行に移すことが必要とされる。
リモートワークがノーマルに
「リモートワークは、うちの会社ではできないよ」──。私にそう語った企業の経営陣は数知れず、そう言われるたびに、彼らと1ドルの賭けに臨んでいれば、私はいまごろ引退して、悠々自適の生活が送れていたかもしれない。
ご承知のとおり、今回のコロナ禍によって、多くの企業のオフィスワークがリモートでこなせることが証明された。要するに「リモートワークはできない」と言っていた経営陣は、単に「うちの会社では、リモートワークを試す気はない」と言っていたに過ぎなかったわけだ。そしていまや、相当数の企業経営層がリモートワークに積極的になり、調査会社のガートナーによれば、米国のCFO(最高財務責任者)の74%が、少なくとも社内の一部の部門では、フルタイムのリモートワークをコロナ後も継続させるとしているという。また、その他のCFOについても、従業員の希望次第で週2日~3日のリモートワークを認める用意があると答えていたようだ。
リモートワークに企業が積極性になる理由の一つには、現状のオフィスは従業員全員のソーシャルディスタンスを確保できるほどの広さはない、といった現実がある。これを言い換えれば、コロナ後の新しい働き方を、既存のオフィスに適合させるには、従業員の多くにリモートワークを継続させ、オフィスで働く人数を最小限に抑えるのが、最も簡単な方法であるということだ。
また、企業によるリモートワークの積極採用の背景には、コロナの影響で失業者が増える一方で、優秀な人材の争奪戦は依然活発であるという事実もある。コロナ以前の世界では、人材採用の際に学歴よりもスキルが優先されていた。それがコロナ後の新しい世界では、住む場所よりも、スキルが優先されるようになっている。優れた人材ならば、リモートワーカーとしてでも採用したい──。そんな意識が、企業のリーダー層の間で強くなっているのである。
加えて、企業のリーダーたちはいま、通勤させないことが従業員にとってどの程度の助けになるのか、あるいは、自宅という場所が従業員にとっていかに仕事に集中しやすい環境かを熱心に調べ始めている。すでに従業員たちは、通勤せずに自宅で働くことが自分たちのベネフィットになることを理解している。そのことは、伝統的なオフィスのあり方を変革しようとする自社のリーダー層への共感につながっていくはずである。
さらに、世界のビジネスパーソンは、ここ数カ月間で、コラボレーションのあり方も急速に進化させている。実際、私たちはすでにビデオ会議に快適さを感じるようになっており、予定外のアドホックなミーティングから、プロジェクトのキックオフ、さらには、振り返りのミーティングに至るまで、実にさまざまな会議にビデオ会議を使用している。また、チャットを通じた情報共有も一般化し、ビデオ会議システムを通じたバーチャルランチや、チャットルームでの趣味の会話も活発に行えるようになっている。デジタルツールを使って、このようなコラボレーションやコミュニケーションが自在に行えるようになれば、それはもはや危機的な状況とは呼べないはずである。
リモートコラボレーションの経験はオフィスでも役に立つ
仮に、コロナ禍が終息へと向かい、オフィスに戻ることになっても、デジタルツールによるコラボレーションの進化を止めてはならない。
私たちの多くは、リモートワークの体験を通じて、ビデオ会議やチームチャット、プロジェクト管理ツールの使い方を学び、いつでも、どこからでも仕事をこなせるようになっている。また、リモートワークの環境は携帯性に富み、ほとんどのツールがそろっていて、どこにでも持ち運ぶことができる。こうした働き方の体験は非常に刺激的で、デジタルトランスフォーメーション(DX)で遅れを取ってきた企業のDXへの意欲に火をつけたとしても不思議はない(正直、私はDXという言葉があまり好きではないが)。
このように、コロナ禍によるリモートワークの体験は、きわめて多くのビジネスパーソンに、より優れた働き方についての啓示を与えている。今後、チームメイトの全員がオフィスという一つの場所に集まって仕事をすることになっても、会議室に全員を詰め込むことがはばかられるために、ビデオ会議ツールを使って会議をするのが定常化するかもしれない。また、それをチームの全員が自然に受け入れ、何の不便さも感じなくなっているはずである。
ちなみに、コロナ禍が沈静化に向かった中国ではオフィスが再開されているが、オフィスでの働き方はリモートワークでの経験を活かしたものに進化しているという。例えば、オフィスでのコミュニケーションにも、チームチャットのツールが使われているという。また、チームチャットやビデオ会議などのツールは、チームのメンバーが社内のどこにいても、スムーズなコミュニケーション/コラボレーションが図れるとして、便利に活用されているようだ。
ほんの1年前は、たとえ、プロジェクトの進捗が計画より遅れていたとしても、チームのメンバーの出張や旅行の計画に従うかたちで、社内会議の予定を立てるのが一般的だった。理由は、誰もがビデオ会議の扱いに煩わされるのを嫌っていたからである。ただし今では、アイデアをチームメイトと交換するために、5分間のビデオ会議に臨むことにすら一切の躊躇(ちゅうちょ)はなくなっている。これは、仕事の効率性を高める大きな変化だ。
ところで、ビジネス出張は今後、どうなるのか──。言うまでもなく、それは減少の一途をたどることになる。
ワークライフバランスと心のやすらぎに関する留意点
リモートワークを経験した多くのビジネスパーソンがすでに気づいていることだとは思うが、リモートワークでは、働く場所とプライベートを過ごす場所が物理的に切り離されていないために、「常時オン」の状態に陥りやすい。実のところ、この「常時オン」の状態はオフィスであっても起こりうることである。重要なのは、心理的な切り替えである。たとえ、プライベートと仕事を融合させるスタイルが好みだとしても、燃え尽きを避けるために、仕事から離れて充電する時間を設けることが必要だ。
全ての人の精神的・感情的な健康状態は、仕事をすればするほど税金のように引かれていく。大半のビジネスパーソンは、そのことに慣れてしまっているが、このひずみはあるときを境に一挙に大きくなる可能性がある。
したがって、どこで仕事をするにせよ、チームメイトと互いの精神状態をチェックし合うようにすることが大切である。また、マネージャー陣は、自身が管理するチームのメンバーに対して、自己ケアを怠らないように指導しつつ、自分自身も休息をとり、精神状態を適切に保つよう心がけなければならない。さらに、チームのメンバーは、個人レベルでのつながりと相互支援の体制を維持・強化する必要もある。
自分とともに働くチームメイトたちは、自分のよく知らない、何らかの敵と必死になって戦っている。ゆえに、チームメイトたちの精神状態に対して常に疑いの目を向けて、危険なシグナルを見逃さないようにしてあげることが大切だ。特に、コロナ以前から、精神面での問題を抱えていたような向きは、コロナの影響で不安が倍に膨れ上がっている可能性がある。そうしたチームメイトには、さらに慎重なケアが必要とされる。
ビジネス戦略上の注力ポイントは変化への適応
今日の企業は、有効性が証明されていないアイデアが過剰にインデックス化されると、ついつい消極的になる。その背景要因の一つは、経済情勢の先行きが非常に読みにくいことだ。また、世の中の急激な変化によって、よく練られたプランであっても意味を失い、白紙に戻さざるをえなくなる場合もある。実際、今回のコロナ禍によって、かなりの数のビジネスプランが見直しを迫られたはずである。その意味で、コロナが猛威を振るっていた過去数カ月間は、アジャイル手法をまだ採用していない企業にとって、まさに変化に俊敏に対応することの重要性を超特急で学んだ期間と言えるのではないだろうか。
そして多くの企業は、複数年にまたがる計画の策定よりも、アジャイル手法で言うところの実験と反復(イテレーション)によって、変革をクイックに引き起こすことの大切さに気づいたはずである。ちなみに、アトラシアンでも、2021年度の計画を策定してあるが、これは1年間を通じたプランというよりも、四半期ごとの計画を4つ連ねたものと言える。
また、チームリーダーにせよ、一般従業員にせよ、全てのビジネスパーソンが、自分のかかわるプロジェクトに明確な優先順位をつけ、最もインパクトの大きな仕事に取り組む必要がある。「何かを完了した」感覚しか得られないような業務は可能な限り排除していかなければならない。
そのうえで、トップダウンとボトムアップの双方向でのフィードバックが頻繁に行われるように仕向けていくことが大切となる。フィードバックは、自分が有効に機能できたかどうかを知るうえで最もスピーディで確実な方法と言える。問い、耳を傾け、必要に応じて対応するアプローチは、持続する成果物を生み、状況の変化に適応する社内ポリシーを確立するための最良の方法と言える。なぜならビジネスは、それにかかわる人が有効に機能し、変化にしなやかに対応できる弾力性を持つことで、初めて有効で弾力性に富んだものになるからである。