アトラシアンのワーク フューチャリストとして、普段は世界中を駆け巡り、働き方に関する講演や顧客に向けたコンサルティングを展開しているドミニク・プライス。自宅での作業中も、組織のリーダーに向け、働き方改革のためのメッセージを精力的に発信し続けている。そんな彼に対し、『チームの教科書』編集部では、書面ベースでのインタビューを行った。主眼は、日本のビジネスパーソンの働き方が彼の目にはどう見えているか、そしてこれからどう変わるべきかである。以下、その問答のエッセンスをお伝えする。
画像: ドミニク プライス ATLASSIAN ワーク フューチャリスト ヨーロッパ、米国、およびアジア・パシフィックを通じて広いキャリアを持つ。アトラシアン入社以前は、世界的なゲーム会社のGMプログラム管理者や、デロイトのディレクターを務める。現在は、ワーク・フューチャリストとして、社内の「チームドクター」となり、将来を見据えて、容赦なく効率的かつ効果的にアトラシアンがスケールする支援を行う。また、Team Playbookの立役者であり、チームワークや、ビジネスの繁栄に必要な変化を理解することに情熱を注いでいる。

ドミニク プライス
ATLASSIAN ワーク フューチャリスト

ヨーロッパ、米国、およびアジア・パシフィックを通じて広いキャリアを持つ。アトラシアン入社以前は、世界的なゲーム会社のGMプログラム管理者や、デロイトのディレクターを務める。現在は、ワーク・フューチャリストとして、社内の「チームドクター」となり、将来を見据えて、容赦なく効率的かつ効果的にアトラシアンがスケールする支援を行う。また、Team Playbookの立役者であり、チームワークや、ビジネスの繁栄に必要な変化を理解することに情熱を注いでいる。

生産性や過去の成功へのこだわりは捨てたほうがいい

プライスは、アトラシアンへの入社前、世界的なゲーム会社のプログラムマネジャーやコンサルティング会社デロイトのコンサルタントを歴任し、アトラシアンへの入社後は、いくつかの職務を経て、現職ワーク フューチャリストの任に就いた。以降、働き方改革のコンサルテーションやチームドクターのサービスを展開する中で、世界50カ国以上の組織/チームを見てきたという。

そうした彼の考え方は、本サイト『チームの教科書』内コラム『米国働き方改革のプロが贈る連載コラム』を通じて、ご存知の方もおられるはずである。今回は、そのプライスに、日本のビジネスパーソンの働き方に対する見解とアドバイスを求めた。以下は、プライスとの問答の内容である。

Q1:日本のワーカーの労働生産性は、主要先進国の中で下位のレベルで、米国の6割程度の水準とされている(*1)。その現状を打開するために、日本のビジネスパーソンの働き方をどう変えるべきだと思うか。

プライス:この問いに対しては、大きく2つのパートに分けて答えたい。1つ目のパートは、「生産性」という指標をどうとらえるべきかの話で、2つ目のパートは、「変革」についてだ。

まず、生産性については、議論の余地が多くある指標だと、私は見ている。

そもそも生産性とは、100年以上前の産業革命時代の“遺物”とも言えるような“モノサシ”だ。それによって測定できるのは、一定の時間内に、いくつのモノが生産できるかの能力でしかない。言い換えれば、生産性という“モノサシ”では、今日の組織にとってより大切な要素──すなわち、創造力やイノベーションを引き起こす力、地球環境へ貢献度、精神面での健全性、環境変動への対応度といったことを測ることができず、また、それらを測るための指標として、生産性はまったく進化していないというわけだ。

実際、生産性だけでモノゴトを測ると、核兵器の開発に10憶ドルを投じることと、人命を救う病院の建設に10憶ドルを投じることが、等価と判断されてしまう。だが、この2つの活動が等価だとは、私たちは誰一人として考えないはずである。人道上、病院の建設に10憶ドルを投じることのほうが、はるかに尊く、価値の大きな行いだからである。

それゆえに、私は大手の企業や事業領域を評価する際に、「人」「地球」「利益」「目的」という4つの要素を重ね合わせて見るようにしている。仮に、日本が労働生産性を改善できたとしても、それによって環境汚染が進行したり、人々の生活の品質が低下したりするのでは、何の価値も生まれないと言えるのである。

一方、「変革」は、日本の経済に大きな効果をもたらす可能性がある。

私たちは、変革について語るとき、よく以下のフレーズを使う。

“What got us here, won’t get us there.”
──私たちを、今の地位に導いたモノゴトが、私たちをさらなる高みへと引き上げてくれることはない。

これは要するに、常に変革を追い求めなければ、現代社会で効果的であり続けること、あるいは競争力を維持することはできないという意味だ。もちろん、相応の歴史を持った企業にとって、変革は非常に困難な取り組みと言える。こうした企業は、過去から受け継いだ資産が多くあり、それを守ろうとする意識も強く働く。それが組織の進化と変革を阻む重石になる。

とはいえ、歴史ある企業でも変革は不可能ではない。例えば、私は過去数年来、長い歴史を持ち、4万人強の従業員を擁するオーストラリアの金融機関、ANZ銀行(オーストラリア・ニュージーランド銀行)の変革プロジェクトに携わってきた。

同行のCEOは以前、「いまの我々では、今日の顧客が求めるサービスを提供することはできないし、提供するための準備すら整っていない」と嘆いていた。つまり、かつてのANZ銀行は、歴史ある企業にありがちな、「これまでのやり方がこうだから、それを踏襲するのが正しい」「過去に成功したやり方なので、それを踏襲するのが正しい」といった発想から抜け出すことができず、時代の変化から取り残されつつあったのである。

そこでCEOは、組織文化の一大変革を推進する決断を下し、全行にわたる組織の再設計と働き方改革、そして既存/新規双方の顧客の満足度向上を目指した。この規模の変革には、多くの学びが必要とされるほか、過去に成功したやり方を全てストップさせる覚悟も要求される。というのも、古いやり方を全て取り除かないうちに、多くの新しい働き方を取り込もうとすると、変化を嫌う人は必ず古いやり方にしがみつこうとし、変革の試みがなかなか前に進まなくなるからである。

参考:アジャイルな組織への変革に成功したANZについてのビデオ

画像: 革新的な銀行はいかに5万人の従業員の働き方・考え方を変えたのか - Atlassian + ANZ Bank youtu.be

革新的な銀行はいかに5万人の従業員の働き方・考え方を変えたのか - Atlassian + ANZ Bank

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ダイバーシティの確保は3つのステップで臨む

Q2:日本の組織には、ダイバーシティがあまり利いていないという問題もある。例えば、『ジェンダー平等』という指標において、日本の水準は先進各国に比べてかなり低いとされている。また、組織の『同調圧力』も強く、異なる価値観や文化的バックグラウンドを持った人材が活躍しにくいという問題もある。そうした中で、日本企業のチームリーダーはどのようにしてダイバーシティを推進すべきだと思うか。

プライス:いかなる国においても、ダイバーシティを遂行し、成功を手にするには3つのステップを踏む必要がある。

第1のステップは、「ダイバーシティを機能させるためには、インクルージョンが必須である」との認識を持つことだ。

ダイバーシティに取り組むことは、いわば、ダンスパーティを催し、さまざまな人を招待するのと同じ活動である。一方のインクルージョンは、そのパーティの参加者と一緒にダンスを踊るようなものである。

実のところ、組織にとって、ダイバーシティを遂行するのはそれほど難しいことではないが、インクルージョンは簡単ではない。特に、現状の環境──例えば、自分と同じ価値観・視点を持った人間だけが周囲にいるような環境──に心地よさを感じ、満足している人間が多くいる場合、インクルージョンはかなりハードな変革となる。とはいえ、現状の環境に異なる価値観・視点を持った人間を投入し、ともに働くことで、それまで見えていなかった自分たちの欠点が見えてくるのである。

第2のステップは、「なぜ、ダイバーシティとインクルージョンが重要なのか」を理解することだ。

この点については、多様な価値観・視点を持った人材が集まっているチーム(以下、「ダイバースチーム」と呼ぶ)が、創造性、革新性、生産性のすべての点でいかに優れているかを示す調査データが数多くある。それを参照すれば、ダイバーシティとインクルージョンを遂行することの大切さがすぐに理解できるはずである。ちなみに以下は、組織のダイバーシティ(ジェンダーのダイバーシティ)と生産性との正の相関を示すハーバードビジネスレビューの記事である。英語版で恐縮だが、ぜひ、参考にされたい。

もっとも、こうしたダイバーシティの効果は、チームのリーダーが、ダイバーシティの価値を認め、インクルージョンに真剣に取り組んだときにのみ生まれるものだ。ダイバースチームの構築に取り組む目的が、「ダイバーシティに関する社内ルール(例えば、チームのメンバーの女性比率は40%以上をキープすること、といったルール)に従う必要があるから」、あるいは、「ダイバーシティを確保し、チームの体裁を今風にしたいから」といった程度のものであるならば、チームのパフォーマンスは確実に低下するので留意されたい。

一方、ダイバーシティを成功に導くための第3のステップは、ダイバーシティをうまく機能させ、リードしていくことである。

私は数年前、ベストセラー作家のダン・ピンク氏と会い、チームリーダーの課題について意見を交わす機会を得た。その際、ピンク氏は、「リーダーにとって大切な取り組みは、常に自分が正しいと考えながら主張し、自分は間違っていると考えながら人の意見に耳を傾けることだ」と話してくれた。

この取り組みは、実のところ、チームのダイバーシティをリードするための有効な手法と言える。「自分は間違っている」との前提に立って、相手のユニークな見解・視点への理解を深めていき、自分が主張するときには、相手の考え方を否定したり、論破したりしようとは考えずに、とにかく聞いてもらうことに専念する──。それが大切である。

いずれにせよ、会社の顧客は、それこそ多種多様な見解と視点を有しているはずである。したがって、自分たちが多様であればあるほど、顧客の多様なニーズを満たし、満足度を増すための能力が高められると考えるべきである。

共感とダイバーシティは矛盾しない

Q3:チームのパフォーマンスを高いレベルで維持するためには、チームで働く一人ひとりが、チームの掲げるビジョンや目標(ゴール)に共感し、その達成に自発的に貢献することが重要との考え方がある。これは、チームを構成するメンバー全員が同じ価値観を共有し、その価値観の下で行動することを意味していると考えるが、それとチームのダイバーシティを推進することとは矛盾しないのだろうか。

プライス:私は、相手に対する深い理解があって初めて共感が生まれると考えている。

実際、相手の価値や文化的な背景、育ち方、キャリア、ライフスタイルなどに対する理解を深めれば深めるほど、彼らの価値基準が何なのか、どうような考え方や優先順位の下で意思決定を下すのかが、より鮮明に見えてくる。それによって、自分とは異なる他者に共感することができるようになるのである。

そもそも、共感とは、人の意見に同調したり、人と同じ行動が取れるように自分を変化させたりすることではない。ゆえに、共感とダイバーシティはコンフリクトするものではないし、逆に、チームのダイバーシティを高いレベルで確保したいと考えるならば、他者への深い理解と共感を土台としながら、多様な価値観を持った一人ひとりが、一切の疎外感を感じることなく快適に働けて、人とは異なる意見が安心して出せるような環境を構築することが不可欠と言える。また、共感という土台があれば、意見の相違は、対立ではなく創造につながると私は思う。

ちなみに、アトラシアンでは、「尊敬に値する反対意見」に対して敬意を払うことを大切にしている。これは要するに、誰かの意見に同意できなくても、真っ向からそれを否定するのではなく、礼儀正しく、前向きに、かつ建設的に不同意を相手に伝えるということだ。不同意は、相手を否定・批判する行為ではなく、あくまでも相手を手助けする行為である──。そのように考えることが大切だ。

イノベイティブなチームに共通しているのはダイバーシティと好奇心

Q4:世界のイノベイティブなチームに共通している要素について教えてほしい。

プライス:世界のイノベイティブなチームに共通して見られる特性は、ダイバーシティで、それを支えるのが、他者と異なる見解・意見が安心して言える心理的安全性にほかならない。

また、強い好奇心も、イノベイティブなチームに共通して見られる特性だ。イノベイティブなチームというのは、過去の出来事や成功にとらわれることなく、新しい何かを取り入れること、学ぶことに貪欲だ。要するに、彼らの視点は常に未来に向けられているということである。

いずれにせよ、チームのリーダーが、自分のチームに何らかの変化を望むのであれば、まずは自分が変わらなければならない。チームのリーダーは、ともに働くメンバー全員にとってのロールモデルであるからだ。そのことをしっかりと認識したうえで、まずは小さな変革から始めてみるとよい。チームの成功を祝い、失敗から学び、そして自らを変化させ、進化させていく──。ぜひ、実行に移していただきたい。

追伸:ワーク フューチャリストという仕事について

プライス:ところで、私はよく、自分の職務「ワーク フューチャリスト」に関して、「これは、どのような仕事なのか」といった質問を受ける。おそらく日本の方にとっても、ワーク フューチャリストという肩書は聞きなれないものであるはずだ。

そこで今回は、私の職務についても簡単に紹介させていただく。これにより、アトラシアンという会社に対する皆さんの理解を、さらに深めていただけるかもしれない。

まず、ワーク フューチャリストとしての私のミッションは大きく3つある。それは以下のとおりだ。

  1. アトラシアンのチームと一緒に、働き方の未来について構想する。
  2. カンファレンスやイベントで、働き方の未来、あるいは、今後のあるべき働き方やチームワークについての講演を行う。
  3. アトラシアンの顧客(主として、上席のマネージャー層)と共同でワークショップやイベントを催し、顧客のチームの現状に対する理解を促進したり、チームのあるべき将来像を描き、それに向けて、どのような変革が必要かを提示したりする。

これら3つのミッションはループの構造を成しており、それぞれのミッションを遂行する中で得られた学びが、他のミッションを遂行するうえでの原動力となっている。

先に触れたとおり、ワーク フューチャリストという職務は決して一般的なものではない。コンサルタントの中には、“〇△フューチャリスト”という肩書を持つ人間が比較的多くいるが、そうした人間が会社の中にいるケースは、世界を見渡してもあまりない。

ではなぜ、アトラシアンはワーク フューチャリストを必要としたのか──。

理由の一つは、テクノロジーや顧客ニーズの進化、変化、そして多様化のスピードに対応していくためには、チームとしてどのように協働するのが効果的かを見定めながら、自分たちの働き方を継続的に変化させ、進化させる必要があると判断したからだ。その意味で、ワーク フューチャリストに対するそもそものアトラシアンのニーズは、内なる働き方の変革、あるいは改革にあったと言えるかもしれない。

ところが、アトラシアンのチームパフォーマンスの良さに気づいた顧客たちから、アトラシアンの働き方や文化、チームワークについて知りたいという要望が数多く寄せられるようになった。要するに、多くの顧客が、アトラシアンが培ってきたチームワークの“極意”や、チームパフォーマンスを高める“秘訣”を知りたいと望んだのである。当社では当初、そうした極意・秘訣を開示しようとは考えていなかった。だが、顧客の要望にこたえることが第一と考え、全てをオープンにする決断を下した。その結果として、今の私の職務が形づくられたと言える。その意味で、アトラシアンにおけるワーク フューチャリストは、他に例のない、とてもユニークな職務と見なすことができる。

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