日本のSIerはいま、アジャイル開発の手法とどのように向き合い、何をどう変えようとしているのか─。有力SIerへのインタビューを通じて、この疑問を解き明かしていく本連載コラム。3回目の今回は、アジャイル開発の集中研修サービス「Agile+ Studio Dojo」を展開している富士通ソフトウェアテクノロジーズに話を聞く。なお、この取材は新型ウイルスの拡大対策の一環として、リモートでビデオ会議を通じて行われた。

アジャイル開発の極意をスプリント体験で学ぶ

富士通ソフトウェアテクノロジーズは、富士通の子会社として、システムインテグレーションやソフトウェアの開発/保守/適用支援などを手がけるソリューションプロバイダーだ。アジャイル開発には2004年ごろから取り組み、15年以上の長きにわたり実績を積み上げてきた。その最初のきっかけは、ウォーターフォール型の開発案件をこなす中で、開発チームのスキルレベルを均一化する術(すべ)として、アジャイル開発の手法を取り入れたことにあったと、富士通ソフトウェアテクノロジーズ の山崎氏は明かす。

「ウォーターフォール型の開発では、お客様の要望や事情によって、開発途中でチームの人数が大きく変化したり、メンバーを入れ替えたりすることがよく起こります。その中で、チームのスキルを一定以上に保つための方法としてアジャイル開発の手法に注目し、取り入れました。それが、当社におけるアジャイル開発の始まりです」

株式会社富士通ソフトウェアテクノロジーズ
AIテクノロジーグループ
AGILE+開発センター
AGILE+ソリューションサービス部
部長
山崎 勲氏

その試みが奏功し、さまざまな成果を生むようになった。結果として、アジャイル開発に精通するSIerとしての同社のプレゼンスは高まり、アジャイル開発を駆使した受託開発のビジネスで数多くの実績を積み上げていった。今日では、主力商品の一つとして、アジャイル開発支援サービス「FUJITSU システムインテグレーションAgile+」を提供しているほか、2018年には、アジャイル開発の集合教育サービス「FUJITSU 人材育成・研修サービス Agile+ Studio Dojo」(以下、Agile+ Studio Dojo)も始動させている。

Agile+ Studio Dojoは、富士通グループ各社をはじめとするIT企業に向けた10日間の集中研修サービスだ。10日間全日にわたり、午前9時から午後5時までの研修が行われる。研修の講師は、実践経験を積んだ富士通ソフトウェアテクノロジーズの“アジャイリスト”が務め、アジャイル特有の考え方や価値観を、体験学習を通じて指南していく。また、10日間のうち8日間は、合計4回のスプリントの演習に割かれ、短いスプリントの繰り返しによって、チームの立ち上げからプロジェクト完了に至る一連のプラクティスが習得できるカリキュラムになっている(図)。

画像: 図:AGILE+ STUDIO DOJOにおける学習プログラムの全体イメージ

図:AGILE+ STUDIO DOJOにおける学習プログラムの全体イメージ

そうしたAgile+ Studio Dojoを始動させた経緯について、同Dojoのコーチの一人である富士通ソフトウェアテクノロジーズの望月氏は、次のように話す。

「アジャイル開発は、お客様からソフトウェア開発を請け負うというSIerのビジネスモデルを前提にした手法ではありません。ゆえに、“請負型のアジャイル開発をどう進めるのが適切か”にフォーカスを絞った文献や研修はほとんどなく、請負型のアジャイル開発に関するノウハウ・知見を獲得するには、実践を積み重ねるしか方法はなかったと言えます。そうした中で、富士通グループ各社や同業他社から、『アジャイル開発に初めて取り組む開発者のために、請負型でアジャイル開発を進める際の極意を学ぶ機会を提供して欲しい』といった要望が、当社のもとに数多く寄せられました。その要望に応えるかたちで立ち上げたのがAgile+ Studio Dojoです」

株式会社富士通ソフトウェアテクノロジーズ
AIテクノロジーグループ
AGILE+開発センター
AGILE+ソリューションサービス部
マネージャー
望月 友嗣氏

注力ポイントはプロダクトアウト型から顧客重視型への意識の転換

望月氏によれば、請負型のアジャイル開発には、企業が内製でアジャイル開発を進めるのとは異なる難しさがさまざまにあるという。

「請負型のアジャイル開発では、お客様がプロダクトオーナー(PO)の立場で開発に参加するのが通常ですが、全てのお客様が、アジャイル開発の手法や考え方に通じているわけではありません。そのため、例えば、『アジャイル開発では、機能・要件の追加・変更が自由に行える』といった、お客様の思い込みから、最初に取り決めた開発のスコープや品質、機能の全てを途中でリセットするような要求を受ける場合があります。Agile+ Studio Dojoでは、そうしたお客様と考えを一致させながら、同じ方向を向いて開発を進めるための極意を、実践的な演習を通じて学んでいくことができるのです」(望月氏)。

また、請負型アジャイル開発においては、顧客の要望に対する開発チームの理解不足から、顧客が実現したかった仕組みとはかけ離れたシステムを開発してしまうという失敗も起こりうる。そのような事態を回避するには、アジャイル開発における“顧客重視”の考え方を身につけることが必須であり、その手助けをすることは、Agile+ Studio Dojoの注力ポイントでもあるという。

「Agile+ Studio Dojoで大切にしているのは、開発手法としてのアジャイルではなく、アジャイル開発の考え方そのものを参加者に身につけてもらうことです。とりわけ、日本の場合、ウォーターフォール型の開発が依然として主流で、SIerの多くが、お客様から言われたとおりのモノを作り、期日どおりに納品すればいいという“プロダクトアウト型”の発想から抜け出せていません。それを、顧客重視型へと転換させることは、Agile+ Studio Dojoの重要な役割の一つだと考えています」(望月氏)。

望月氏によると、顧客から言われたとおりのモノを作ることと、アジャイルにおける“顧客重視”の考え方は全く異なるものであるという。

「新しいサービスやソフトウェアを開発するような場合、お客様自身が自分の実現したいことをどう実現すべきかがよくわかっていないことが多くあります。にもかかわらず、お客様から言われたことをそのまま遂行しようとするのでは、お客様のために開発を行っているとは言えません。大切なのは、お客様が本当に実現したいことは何かを突き詰めて考え、その実現に向けて、どのような仕組みを作るのが最適かを見出すことです。そのうえで、スプリントを回しながら適宜、お客様の要望を確認し、より価値の高いものを提供していくのが、アジャイル開発における顧客重視です。Agile+ Studio Dojoでは、その考え方を受講者に身に着けてもらうことに、徹底してこだわっています」(望月氏)。

受講者が自ら考え、答えを導き出す

Agile+ Studio Dojoでは毎回、30名程度の受講者が集まり、受講者は3~4つのチームに分かれてスプリントを回していく。その演習においては、講師であるアジャイリストはコーチングに徹し、課題への解答は一切示さず、受講者は自ら考え、答えを出していかなければならない。

「アジャイル開発の手法や考え方を一方的に教えるだけであれば、1週間程度の講習でこと足ります。ただし、そうした講習で身につけた知識は、実践の場での応用が利きません。というのも、手法や考え方を座学として吸収するだけでは、“なぜ、そうする必要があるのか”に対する真の理解や納得感が得られないからです。そうした理解や納得感を醸成するには、課題への答えを自ら探し当て、改善を繰り返すことが不可欠です。ゆえに、Agile+ Studio Dojoでは、受講者に自ら答えを出してもらうことを重視しています」(望月氏)。

例えば、Agile+ Studio Dojoでは、顧客重視の考え方を会得してもらうために、講師がPO(顧客)を演じ、「キミたちが作ったシステムは、当社のためになると本気で思うのか。私には到底思えない」といった厳しい言葉を投じて、受講者たちに対応を求めるという。そうした要求への答えを自ら探し当て、システムを改善させた経験によって、顧客重視の考え方が“腹落ち”して、のちの開発実務で応用できるようになるという。

Agile+ Studio Dojoの受講者たちは、こうした研修を通じて自分が理解したことを毎日のブログに記していく。また、スプリントを行うたびに、バーンダウンチャート(プロジェクトの進捗が計画からどの程度乖離しているかを示すグラフ)を作成し、一人ひとりが自分の達成したことや、スプリントを通じて何をつかんだのかを発表する。

「こうした活動によって自分の日々の成長が確認できますし、実際、受講者が作成するバーンダウンチャートの内容は、スプリントを行うたびにみるみる改善されていきます。そうした自分の目に見える成長や達成感から、Agile+ Studio Dojoの受講者満足度は高く、当社の調査では、受講者の90%が満足感を示し、受講者上司の満足度も80%という高い水準にあります」(望月氏)。

世界で戦うにはアジャイルが必須

山崎氏によれば、デジタルトランスフォーメーション(DX)の潮流もあり、ここ数年来、アジャイル開発の案件は増え続け、顧客のRFPに記されている要求事項の中に、『スクラムマスターがいること』と明記されるケースも珍しくなくなっているという。

「言うまでもなく、全ての開発にアジャイルが適しているわけではありません。ただし、アジャイル開発が必要とされる場面は、確実に増えています」(山崎氏)。

こうした傾向について、望月氏は次のような見解を示し、話を締めくくる。

「日本のSIerの多くは、国内市場だけに目を向けてビジネスを展開してきましたし、従来は、それで問題はなかったのかもしれません。ただし、国内市場だけをターゲットにしていては、サービスの成長・発展に限界がくるのは目に見えています。ですので、これからは、日本のSIerも、グローバル市場で戦っていかなければならないはずです。世界で戦うには、“顧客価値主導”でモノゴトをスピーディに進めることが不可欠で、だからこそアジャイル開発に取り組むことが必須と言えるわけです。アジャイル開発に積極的な企業は、世界で戦っている企業です。そうしたグローバル企業への転換を図る日本のSIerを後押しするために、これからも新しい手法や世の中のトレンドを適宜取り込みながら、Agile+ Studio Dojoを発展させていくつもりです」

画像: 世界で戦うにはアジャイルが必須

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